EP.7

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EP.7

 これを機に、話さねばならないかもしれないな。あと五日で日曜日。そしてルシファーが堕とされた日になる。ということは、その日を通過した際、残り、あと八百年になってしまう。急がねば。八百年などすぐに来る。  体をくねらせ、引きづりながら食堂へ急ぐ。しかし、誰もいない。逃げたか?  次にいそうな場所は、……鬱陶しい。もうやめよう。どうせ言うのなら蛇の体を使う必要などない。光を纏い、人型へと変化する。この身体が一番美しく動きやすい。六枚の羽で存分に自由に動ける。  私は空を舞い、逃げている人間を発見した。数百人と言った所か。これを見て、改めて感じる。これでは勝てないと。相手は十四万四千の軍がいるんだ。いや、もっとだ。カマエルの軍勢と他の天使も合わせればもっといるはずだ。急がねば。急いで人間を集めるんだ。この塔ももっと増やすべきだ。足りない、足りない。時間が、軍勢が足りない。  「あ、あれ!」  「なんだ、あれは」  皆私を見て恐怖に慄いているようだ。そうだろう、その反応になるとは思っていた。何故なら彼らは何も知らないからだ。何が敵で、何が味方なのか。何も教えていないからこうなった。私の未熟さが分かる。この騒動はすべて私の責任だ。  私は地面に降り立った。すると、誰かが私の方へ向かってきた。気配で分かった。Iがこちらに駆け寄ってきたんだ。  「誰!?」  「すまない事をした。誰が、敵襲が来たと言った?」  Iの後ろから誰かが出てきて、布磨りの音、手を挙げたのか。  「お、俺です」と男が言った。  「そうか、確かに、彼は敵だが、あれは、ただの視察だ」  「視察? どういうことだよ」  「すべて話そう。これは私の責任だから」  蛇の正体、軍団の始まり、敵の正体、今回の騒動の原因。総てを話した。ここに集まる人間たちに全てを話した。  「へぇ、元天使で悪魔になったって?」  Cは呆れた調子で言った。  「よく分からない、天使が敵?」  「……すまない、本当に」  私は頭を下げた。プライドがどうとか言っている場合では無かった。このまま彼らに何も告げないでいればもっと大きなことが起きるかもしれない。ここで手を打たねばならないのだ。  「けれど、これですっきりした」  Iがこちらに歩いてきた。  「そいつらと戦争する為なんだろ、おれらが訓練してる理由は。これからはそれの為に気を付ければいいんだよな?」  「ああ、そうだ」  「分かった。じゃあ寮に戻るわ。自主練しなきゃいけないし」  Iが行動に出た事により、他の大勢も次々に自分の寮へ戻っていった。  私はそれを見届け、城へ戻ろうとした。しかし、その場にはまだ男が一人立っていた。  「君、名前は?」  「Z」  「Zか、どうしたんだ。早く戻りなさい」  「天使も悪魔もいないと思っていたよ、神だって存在しないものだと。」  「何を言っている?」  「……僕は正直どうでもいいんだ。ここが楽しい場所だと判断したから貴方についていったのに。別にそんなことは無かったし、やっぱり僕の知り合いもいないし、僕の大嫌いな女に似た子がいるしで正直嫌だ。ねぇ、一つ聞くけど、敵に名前が知られたらどうなるの?」  「アズラーイールという死を司る天使がいる。そいつが持っている分厚い本には生者の名前が並んでいて、死んだらそこから名前が消える。けれど、冥界へ行けば死者である君たちの名前が浮き彫りになる。つまり、生者と判断され、見つかれば魂はまた神の前に戻されてしまう」  「へえ」  「そうならないための対策として、顔を分からないようにし、名前も暗号とし、そして戦うための術を身につけてもらっているまでだ」  「つまらないな、それじゃ。僕は殺すプロだぞ? こんな場所で訓練したって意味がない。さっさと殺させてくれよ。それで済む話なんだろ?」  「そうだな。だが、相手は約十数万人と言う軍勢を従えている。こちらでは比ではない。だから、約八百年後に控え、これから」  「これから、か。その差だよな。天使たちは数が多いんだろ? ルシファーって悪魔が恨んで天界を奪うつもりなら、もっと張り切って人間集めると思ったんだけど」  「ああ、私も最初はそう思った。しかし、まだ現世にいる悪魔や悪霊がいる。彼らに協力を仰げば」  「それが無意味だって言ってるんだ。気持ち、団結力共にきっと天使たちの方が上だよ」  こいつ、どこまで知っているんだ?  話したところまでしか知らないはずだが。  「どこまで知っている?」  「貴方が話してくれたところまで」  「……そうか」  「でも、分かるよ。そりゃあ。だって、悪は滅ぼされる運命でしょ?」  諦めている、彼は諦めているのだろう。無意味な戦争をして何になる? 彼はそう思っている。きっとこれまで苦しかったのだろう。辛かったのだろう。私とて一人の天使だったからよく分かる。熾天使として神に仕えていたあの時。数百年も前の話だ、あまり覚えていないが。  「……そうだな」  彼は寮へ戻っていった。  私も、早くルシファーに伝えなければならない。無意味な戦争の為に、我々は強くなり、そして軍勢をグンと増やし、天使たちを、神を。彼らに復讐するために。  「ルシファー」  私たちは闘うしかないんだ。  「なんだ?」  勝敗は既についているかもしれない。けれど、やる事に意味がある。  「先程イスラーフィールと大天使の一人が視察に来て、ルシフェール塔の民は混乱状態であった」  「なるほど、先程の騒ぎはそれか」  「ええ、だから私が全てを話した」  「何?」  「これ以上隠し通す事は出来なかった。私は、これからはあの寮に顔を出す様にしようと思う」  「……そうか。任せた」  ルシファーは表の顔。私は裏の顔。  当初はそうであったはずなのに、傲慢なルシファーはそれを良しとしなかった。ルシファーは、冥界も全て支配しようとしている。私をいつか消すかもしれない。それまで、彼らに抗い続けるしかないのだろうか。私は私の意志で動く。蛇だがいつかは龍の如く、強く逞しく、そして、美しくなりたい。  それから死者の道と呼ばれる天界と冥界の繋ぎ目である道に向かい、人間をたくさん誘った。たくさん攫った。もちろん天使には止められたが払いのけ、軍団の団員数を増やした。  寮も増やした。部屋にどんどん招き、訓練させ、その体に叩きこんでいった。相手は炎を操ったり、水を操ったりできる天使がいたはず。人間と天使では敵わないかもしれない。だから、悪魔や悪霊に協力を仰いだ。彼らは引き受けてくれた。何故なら偉大なる「サタン」の為だから。天界で大暴れしていい、そう言うと付いてくるやつもいた。これでいい。これでもっと力を付ければ、問題ないはずだ。  残り七百年。  六百年。  どんどん月日が流れていく。  そのたびに軍団の力はついていった。  これで大丈夫なはずなんだ。私たちは負けない。負けるはずがない。  一人で舞い上がり、理由もなくそう決め込んでいた。     *  「結局、天使の視察って」  「何なんだろうねぇ」  おれはあの後Eを医務室に連れて行き、CとHと食堂に来ていた。後からZも来た。  「……」  「Z、どうした?」  Zはずっと暗い顔をしたままだった。  「別に」  「そんな暗い顔すんなよ、サマエルとかいうやつに何か言われたか?」  「いや、言われては無いけど、気がかりで」  「へえ、どんなこと?」  「悪魔って、天界を支配することが目的なのか、それともその先が目的なのか」  「そんな事、どうでも」  「でも、あの、悪魔なら、私たちに何かするかもしれない、です」  「どうしてそう思うんだい?」  「だって、悪魔って、人間に害をなすものだって、き、聞いた事があるから」  「まあ、憑依したりするよね」  「え!? 幽霊みたいな事するの!?」  「するらしいね」  なら、どうしてこんな待遇をするのだろう。おれからすれば、料理は自分たちの手で作らなければならないが毎回美味しいし、掃除洗濯も面倒だけれど楽しいし、訓練も自主的に、ジムだってあるから鍛えられる。それに何よりも自分の部屋で、暖かいベッドで寝る事が出来る幸せ。こんな幸せを噛み締められるのは生まれて初めてだ。その初めてが死んでからと言うのが一番つらい現実だけど。それでもおれはここの生活に満足していた。つらい訓練もあるけれど、自分たちの為だと思えば悪くない。  「何なんだろう、この軍団っていうのは。どうして、人間を使うんだろう」  おれがそう呟くと、Zが口を開いた。  「人間が一番使いやすいんじゃない? 感情的になるし、目標を設定してやればその為に全力になる。こき使いやすいんだろうさ」  「そう、なのかな」  「どうだろう。まだ分からないけれどやるしかない。俺らはそれを望んだわけでは無いけれど道は一つしかないみたいだし」  蛇、……皆蛇に連れて来られたって言っていた。おれのように誰かが連れてきてくれるのは稀だと。その蛇、もといサマエルは何か企んでいるというよりも、やらされている、と言った方が正しい気がしてきた。  ルシファー、か。どんな人なんだろう。どんな悪魔なんだろう。「サタン」と呼ばれる冥界の王だと聞いた。おれは学が無いし本も読めないから知らないけど、Eなら知っているかな。  早く、おれたちも力を付けなければいけない。理由はよく分からないけれど、やるしかない。  それからは体力作りに励んだ。いつもよりもやる項目を増やした。毎日続け、まるで地獄だった。空気が薄い。空気が汚く澱んでいる。死んでいるから関係ないかもしれないけれど辛かった。もう一度死ぬんじゃないかとも思った。けれどやめてはならない。よく分からない悪魔のために働かされている。おれたちは働きアリみたいだ。潰される人生を送るくらいなら、いっそ天国か地獄かに逝って来世に期待したかった。それだけ何かに甘えて生きていたんだろう。何年たったのか、おれにはわからない。けれど、長い月日が経ったことは間違いはなかった。
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