EP.8

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EP.8

 強くなった気がしない。けれど、確実に前よりは強くなったはずだ。  「今日は演習だ!武器を持て!」  合同演習だ。新卒も新入も関係ない、合同演習。これでおれたちの腕が試される。  今回の演習は、特別な施設でやる事になった。例の、サマエルとかいう悪魔が作ったらしい施設だ。敵を倒すための術を身に着けるために演習をし、本番に備えろとの事。なので施設はとても大きく、広く、防音加工されていて、壁は壊れにくい。街から離れた場所に位置する為、何も心配せず演習に専念できる。だがその施設に行くまで、マスクをつけ、フードを被り、重い銃を担ぎ、大きな城まで歩いていく。城まで何キロもあり、徒歩によって体力向上も促される。だが、苦しい。鍛錬を積んで来たけれど、やはりこの世界はとても息苦しかった。重く澱んだ空気、暑苦しい服装に重い荷物、どうにも慣れなかった。やはり、こういった訓練も入れなければならない事が実感できた。敵に立ち向かうために武器は必要だ。体を鍛え抜くにはもっと必要な事があった。やはり、おれは自分に甘い。  施設は城の近くに建てられていて、そこに全員が入った。中へ入ると、整列し、教官からルール説明をされる。演習相手は、サマエルが創り出した天使だ。幻像と呼ばれるもので、実際にそこで息をしているわけではない。映像を空間に映し出している感覚だ。非現実的だと思いながら、そんな事を考える自分が馬鹿馬鹿しく感じた。この世界が既に非現実的だから。今更考える事では無かった。  施設の奥にサマエルはいた。人型の姿で、六枚の羽を羽ばたかせ、宙に浮いていた。こちらを見ているのだろうか。それとも、幻像の天使を操る為にいるのだろうか。きっと後者だろう。気にする必要はない。  「はじめ!」  教官の合図で一斉に動き出した。天使は魔法を操る様だ。Eと対峙した時とは比べ物にならないほど素早い動きや思考力が必要だ。考えろ。考えるんだイザヤ。相手は幻像、遠くから一撃で仕留めればいい。そうすれば、  「I!危ない!」  「なっ!?」  Eの声がした。後ろから天使が来ていた。気が付かなかった。天使の赤い光線をぎりぎりで避けた。髪が掠れた。危ない。あれに当たるとどうなるのか分かったものじゃない。確実に殺される。ここで死んだらどうなるのだろうか。いや、考えたくない。考えても答えが出るわけではない。無駄な思考回路を切断しろ。おれは鍛えて強くなったはずだ。銃を扱える場所まで移動するんだ。  重い、重い。暑苦しいし重いし、こんなに大変なのか。どうしてここまでさせるんだ。  「くそ、!」  何体も天使はいる。撃ち続ければ当たるだろうが、無駄に消費したくはない。演習用とはいえ無駄遣いはしたくない。しかし、そうも言っていられないようだ。おれの前には天使の中でもひときわ目立つ天使がいた。赤い髪、赤い瞳、青い剣。見た事が無い、青い剣は青い光を纏っている。他の天使とは比べ物にならないほどの何かを感じる。怖い。  サマエルはもともと天界にいたらしく、何か知っているのだろう。だから、ここまで忠実に再現できるんだ。恐ろしい。悪魔や天使って、一体何なんだ。どうしてここまで力を持っていながら戦おうとするんだ。他に道は無かったのだろうか。  赤毛の天使はおれを見つけるや否や向かってきた。早い。考える暇も与えないようだ。青い光線を放った。銃を抱えて避けた。動きづらい。銃を置き、寝そべって、撃った。十発撃ち抜いた。赤毛の天使は連弾によって弾かれた。しかし、青い剣で身を守った。手強い。CやZを相手にしているみたいだ。あの二人とはあまり戦ったことは無いが、何をするにしろ考えていることが読み切れない。それに思考回路もダントツで早い。先を見据えて行動している。  そうだ、おれもそうすればいいんだ。  幻像相手にそれが通じるかは分からない。けれどやるしか方法はないとみた。相手の出方を窺い、先を読み、その先を読め。そうすれば、幻像相手なら余裕で倒せるはず。  天使相手には銃を使え、とは言われていない。おれが銃を選んだだけ。知り合いがそうしたからおれもそうしたまで。けれど、持ってきておいてよかった。  小型ナイフだ。こっそり腰に隠し持ってきておいた。おれはスラム街で生きていたからよく使っていた。生きる為の術だった。こいつはおれが一番使い慣れているナイフだ。生前使っていたナイフと酷似している。きっと役に立つはずだ。  赤毛の天使はまた光線を放った。それを避け、後ろに回り込む。けれどすぐにばれ、後ろを向かれた。光を纏いながら剣を翳す。それを見越してまた反対方向へ回り込みながらナイフを上へ投げた。天使は剣を翳す際、上を見た。その隙に、バレットM82を抱え、置いて、撃った。もちろん動き出す前に弾を仕込んで置いた。ショートリコイル式の銃なので準備にあまり時間はかからなかった。  赤毛の天使は倒れた。その瞬間、幻像が消えた。勝った。勝てた。これが本物相手だとどうなるのかは分からないが、おれにもできた。  幻像が消えた瞬間、ナイフを手に取り、腰にしまった。まだ敵は、あと何体いる?  「I!大丈夫?」  Eが駆けつけてくれた。Eも気が付いたんだろう、先程の天使に。  「大丈夫、おれでも倒せたよ」  「そっか、……良かった」  「お? そっちも終わったみたいだ」  「C、そっちも」  「俺は大丈夫。問題ないよ」  「演習、上手くいったみたい」  そういえば、ZやHの姿が見当たらない……マスクで分からないというのもあるが。  「あっははは!ほら、ほらほら!どうだ?これでどうだ!」  二丁の拳銃を構えて宙を舞う男を見つけた。声を聴く限り、Zだろう。  「うわぁ、戦闘狂かよ」  「……狂ってる」  「あはは、……うん、確かに」  その近くに目をうつすと、単発でしか撃てないのだろうライフルを構えた少女が見えた。  「えい、消えて、消えてー!」  今にも泣きそうな声だ。  「俺たちも手助けしなきゃね」  「そうだね、行こうか」  「……」  Eは乗り気ではないみたいだが、おれとCは走り出した。  「必要ないよ、僕が殺してあげるから!」  幻像の天使は次々に消えて行く。他の団員は倒れていたり、必死に抗っているが、Zは気にも留めていないようだった。目の前のことしか見えていないのだろうか。  「おーい、ゼットー。あっちに強いのいるみたいだよー」  とCがZに向かって言った。  「強いの? 僕に任せなよ、僕が殺してやるから」  「ほら、あっち」  Cが指をさした先は、確かに幻像の天使がいた。団員の誰かが相手をしているようだが歯が立たない様子。  「しょうがないなあ」  Zは呆れた様子で高く跳んで、上から天使めがけて発砲した。なかなかの身体能力だ。二丁拳銃を上手く扱い、ここまでやるとは。  「おーやるねぇ」  「でも、強いのっていうより、さっきからいる天使と何も変わってないけど」  「え?そうだよ」  「ええ……」  やはりホラ吹きと言う事か。  案の定、一発で倒し、Zは舌打ちを盛大にかました。  「強くないじゃん。雑魚じゃんこのホラ吹き」  「いいじゃん、点数稼げるぜ?」  「この野郎……」  「ああ、もう!喧嘩すんなよ!」  「そこまで!」  二人の喧嘩の仲介に入っていたらもう終わったらしい。教官の合図が聞こえた。  「I、みんな」  Eが走ってきた。  「無事に終わったみたいだ」  「それにしても、皆弱くない? ちゃんと鍛えてんの?」  「……さっきおれが相手した赤毛の天使、何だったんだろう」  「赤毛?」  EやZ、CとHに赤毛の天使の話をした。他の天使とは比べ物にならない迫力、圧、光線などの攻撃について。他の天使は武器など持っていない。天使によってさまざまな光線を使って攻撃してくるが、その赤毛の天使だけは、青い剣を持っていた。  「へぇ、興味深い」  「そんなのがいたのか、僕にやらせてくれればよかったのに」  「それと対峙したなんて、すごいです……」  「I、……よくがんばったね」  Eは優しく声をかけ、俺の頭を撫でた。背伸びをして。  「……」  自分の頬が熱くなるのが分かった。それを見て、Cが、  「お~いいねぇ、いいねぇ」と茶化してきた。Hなんて明らかに照れてる。  「やめろよC!」  「いいじゃんお似合いだよ?」  どうも人を馬鹿にするのが得意なようだ。  「おい、そこ!さっさと寮へ戻れ!」  「あ、……はい!」  教官に怒られてしまった。敬礼してさっさと自分の武器を背負って寮へ帰還した。  おれは格段に強くなったとは言えないが、思考は変わった気がする。これでいい。CやEたちみたいに頭がよくないから、人を見て学ぶ必要がある。訓練をしない日や暇な時間にでも誰かと一緒に練習する必要があるかもしれない。  「E、お願いがあるんだけど」  「何?」  「演習の相手してよ」  「演習の? どうして、私?」  「えっと、」  「俺も付き合うよ?」  「いいの?」  「いいよ」  「皆で強くなりましょ!私も、皆さんみたいに強くなりたいですから!」  「じゃあ決まりだね、Zもやるでしょ?」  Cが前を歩くZに向かって言うと、  「僕はしない。意味がないから」  そう冷たく放ち、そそくさと寮へ戻ってしまった。  「……っち、冷たいなあ」  「どうしたんだろうな、Z」  「……放っておこう、I。私、彼のこと好きになれない」  「好きになる必要は無いよ、E。人は好き嫌いが激しいからね。俺だって嫌いさ。ほら、そんな顔しないでさっさと行こうぜ?」  彼なりに何か感じたことがあるのだろう。何か知っているわけでは無くて、彼の人生経験から言える事を言っているだけ。冷たく言うのは、人に当たっているわけでは無くて本心。事情があるようにも見えるが、きっとそうではないんだろう。  そんな事を考えていると、いつの間にか置いてかれていた。前に三人並んで歩いているのが見えた。  「おーい!早くー!」  「待って!」  「あはは~ほらー早くしないと晩飯俺が全部食っちまうぞー!」  Cはよくふざけているけれど結構周りが見える人で、よく嘘をついては笑わせてくれる。Eはあまりしゃべる方では無いし表情が豊かでもない。けれど最近は心を開いてくれているのか笑ってくれるようになった。表情が豊かになった。Hだって人と喋るのが苦手だったがそうでもなくなってきた。まだ慣れない相手だと言葉が詰まる事もあるが、おれやEなどいつもつるんでる仲だと普通に喋れるようになった。Zだって本当は、冷たい事を言っているけれど突き放したいわけではないと思う。おれは、この面々で、もっと強くなりたい。悪魔たちの目的なんて関係なく、ここで幸せでありたい。目標なんてつける必要ないんだ。  水晶玉から見える彼らは、ある程度力がついているように見えた。けれど、やはり人間だ。  「駄目、かしらね」  「どうしてそう思う?」  「だって、ばらばらなんだもの。心が、団結力が足りない。悪魔が指揮を執っているから、とは言いたくは無いけれど、もっとミカエル様みたく、下のものを考えられる人が上につくべきなのよね」  アズラーイールと共に覗いていたが、どうも纏まっているようにはお世辞にも言えなかった。一部の人間は団結しているように見えるが、それも片手で足りる程しかいないみたい。しかし、サマエルが創り出した幻像の「ミカエル」は本当によくできている。実際のミカエル様の方が強いし、美しくて素敵で格好良いけれど。  「これは、楽しみになってきたな」  「あなたは闘わないでしょ?」  「お前だって傍観者だろ?」  「そうだけど……」  「なら賭けるか? どちらが勝つか」  「縁起でもない!やめなさい、汚い人間の様だわ!」  「あはは、それは失礼だぞイスラーフィール。さあ、ミカエル様へ報告に行くとしよう」  「分かったわ」
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