EP.2

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EP.2

 おれたちは今、食堂に来ている。食堂は寮が七つ放射線状に存在し、その中心にある、とても大きな建物で、一階に食堂、二階に風呂場と娯楽施設がある。  「初めてのちゃんとしたご飯が、死後だなんて……」  「そんなに過酷な生活をしていたの?」  「そりゃあ、ね。犯罪の繰り返しさ」  「そう……でも、よかったね。いっぱい食べれて」  食堂には世界中の料理が食べられるらしい。しかし自分たちで作るため簡単なものしかない。おれにとってはどれもご馳走だった。トレーに料理を並べ、長机に移動した。おれとEは向かい合う形で座り、「いただきます」をした。  「おいしい……おいしいよ!」  「それはよかったね」  生まれて初めて食べる料理だった。今日の献立は和食らしい。味が薄いのが特徴的で焼き魚がとても美味だ。感動しながらばくばくと食べていると、入り口の方で騒ぎが起きていた。  「おい!蛇だ!」と叫ぶ男の声、そして女の悲鳴が聞こえた。  「何かしら」  「何だ!?」  入口の方を見ようと立ち上がった。Eに宥なだめられたが、それでも気になった。おれの座っている場所からはそう遠くはない位置に出入り口がある。そこに野次馬がいたが、次第に蛇がいるとの事で皆離れていった。そうしてやっとそれを視界で捕らえる事が出来た。真っ赤に染まった蛇だった。見た事も無い蛇だ。何か、嫌な、邪気の様なものを感じる。赤蛇はおれの方へ向かってきた。長机の上にやってきて、Eとおれの顔を交互に見た。  「新入りか」  蛇が喋った。おれは唖然としていた。  「無理もない。が、しかし私は君達に危害を加えに来たわけでは無いし、敵でもない。いうなれば、この軍団の長と言ってもいい」  「長、?」  「そうだ」  「私も、団長の話は聞いていたけれど実際に会ったことは無いの」  「え?」  「何故なら、姿を現さないからだ。君たちの前には決してね。しかし、いずれ見せる時が来るやもしれん」  今、おれたちのいる施設は敵が絶対にやって来ないように結界が張られているらしい。何故なら、食事をする時にマスクを外すから。結界は強力な物らしく、窓も付けられていない為、それほど敵に対して用心深いと言う事だろう。そこまでするほど敵は強大な力を持っているのだろうか。  蛇はおれの顔をじっと見つめた。  「……ほう、Iと申すか。敵が好みそうな名前だ。しかし良い目をしている。きっと戦力になってくれることだろう」  今の短時間でおれの名前を……。勿論、おれは何も言葉を発していない。何か、特殊な力でも持っていると言う事か。  おれはこの際だから、質問をしてみることにした。  「あの、」  「何だ?」  「おれたちの敵って、何ですか?」  おれがそう聞いた途端、食堂の騒ぎは一瞬にして静まり返った。  「……ああ、まだ言えないね。その時が来るまで、用心していたまえ」  「敵が分からなかったら、用心のしようがないと思うけれど」  Eがそう言って割り込んで来た。  「そうだね。しかしまだいう必要はないと判断したまでだ。これは上官の命令だ、これ以上聞くな」  蛇は尾を翻し、食堂を出て行った。蛇が出て行った瞬間、食堂はざわめき始めた。おれはすとん、と腰を落とした。  「……」  「食べよう」  「あ、……うん」  Eは始終表情を一つ変えることは無かった。     *  「これより、訓練を開始する!」  おれたちの寮の最上階で訓練が始まった。寮ごとに訓練の内容や、教官は違う。しかし、皆基礎練習は同じことをする。最近入ったばかりのおれやEはその対象となり、同じ訓練を受けることとなった。新入りだけが集まるので、違う寮の人もいるらしい。皆、マスクを着けて顔が分からなくなっている。それに加え、フードも被り完全防備、そして手には練習用にと渡された銃がある。弾の代わりにインクを使う。それを用いて、初めに作っておいたペアで互いの動きを読み取り、確実にインクを当てるという訓練。上着の上からインクに濡れても良いように、腹と背の部分に布を巻いてある。それに素早く動く的を当てなければならない。勿論、「練習」であって「演習」ではないので、失敗しても立ち上がれば何の問題もない。上着にだけは付けないようにしないと、あとで自分達が後悔する事になる。何せ、洗濯は自分達で行うものだから。おれは例に倣ってEとペアになり、布を巻き、銃の準備をした。互いに何メートルか離れ、「はじめ」の合図で同時に動く。Eはやはりやり手だった。おれより先にここにいただけあって俊敏だ。分かっているように、おれの動きを先読みしているように見えた。おれも負けてはいられない。タイムリミットは教官の「やめ」の合図。それまでが勝負だ。  「I! ちゃんと動きを見て!」  「分かってるよ!」  Eに負けないくらい、動いて、動いて、動きまくってやる。撃って、撃って、Eの腹に、背に、命中させてやる。しかし、Eの方が上手うわてだった。結局一発も当てる事は出来なかった。  「やめ!」  体力がないので地面にへたりこんだ。肩を上下させ、息を整える。Eはこちらに歩み寄り、手を差し出した。  「これが演習だったら、Iは補修を受けてたよ。訓練より厳しいって噂」  「じゃあ、演習では頑張らなきゃな」  「手加減はしない」そう言って手を引っ張り、立ち上がった。  部屋に戻り、着替えをした。それからベッドに倒れ込んだ。  「はぁ……疲れた」  「体力ないね、私も、だけど。一緒に鍛えてみようよ」  「鍛えるったってどうするの?」  「最上階には訓練をする他にジムがあって、自由に使えるんだよ」  「快適な寮だな」  「他に楽しみが無いから仕方が無いの」  確かに娯楽施設があるにせよ、わざわざ行くほどの元気もない。ならばいっそのこと鍛えた方が体力づくりにはうってつけだし、日々の楽しみにもなるのではないか。これは一石二鳥と言う奴か。すぐに軽い運動着に着替え、Eと共にジムへ向かった。  最上階までの行き方は基本的に徒歩、階段をひたすら上るしかない。これもまた鍛錬だと思えば。  「はぁ……はぁ」  「疲れてるね」  「E、Eは?」  「私も疲れた」  顔に出ないから分かりづらいが、少し息が荒くなっているようだ。さっさと階段を上ってしまおう。そう思った矢先、おれの肩を誰かが叩いた。おれの前を歩くEは振り返った。  「やあ」  小麦色の長い前髪を揺らし、おれに向かって笑顔を振りまいた。女の様な綺麗な顔立ちだが、声は男だ。  「よく女の子扱いされるんだけど、俺はれっきとした男だよ。Cって呼んでね」  俺と同じペストマスク。行き先も同じなのだろうか。  「C、はどこに行くつもり?」  「俺も鍛えようかと思ってね。だって、つまんないからさ。一度だけ娯楽室行った事があるけど、どれもつまらなかったよ」  「何があるの?」とおれは聞いた。  「えーっとね、ダーツ、ビリヤード、シューティングゲーム機、格闘ゲーム機、……かな。どれもやったけどつまらないものばかりだね」  どの名前も聞いた事が無かった。そんなにつまらないものなのだろうか?  「それは、Cが上手いから、とかではなくて?」  「そうかもね!」  「……」  なんだ、そういうことか。ゲームが得意なのだろうか。ただそういう才能に恵まれているのだろうか。羨ましいな。おれの場合、ゲームなんて娯楽、いや、娯楽と言う概念がそもそもなかった。あったとしたら、きっと食事くらいだ。盗んだりしたもので食べ物を買い、盗み、家族に分け与えた大事な食物。おれは飢え死にしたけれど、……あいつ、今はどうしているんだろう。  「まあまあ、行こうよ!」  CはEとは違ってとても活気に溢れていて、いつもにこにこしている。ジムでも色々な事を教えてもらったが、物知りなのはCもEも変わらなかった。おれだけが無知だった。ジムの帰り、Cにこんな事を言われた。  「無知の知って言葉があるんだ」  「知ってる?」とおれに聞いてきた。Eに聞いたら、知ってると言った。  「真の知に至る出発点は、無知を自覚することにある、っていうソクラテスという哲学者の考え方なんだけど、要は無知を自覚しているって事は、真の「知」の始まりでしかない。だから、無知と言う事は、始まりでしかないんだって。君はこれからいろいろ知っていけば良いって事だよ」  要は慰めか。二人とも難しい事を知っているんだな。Eはいつも隙あらば本をパラパラ捲っているが、Cも読書をするのだろうか。  「へぇ」  「なんか興味無さそうだね」  「だって、難しいから」  「はは!まあそうだよな!」  「なあ、Cも本読むの?」  「昔読んでいたよ。嫌われ者だったから遊び相手がいなくてね」  嫌われ者? Cが?  「俺ね、 ……あ、そうだ。食堂に行こうよ。そこで昔話をしてあげる」  階段を下りている最中、Cが何か言いかけたが、食堂へ行こうと言い出した。確かにあそこなら長居する事は可能だろう。そのまま流されるままに食堂へ向かった。誰もいない食堂で適当に、Eとおれ、そしてCと向かい合って座った。  「これは俺の本当の話だよ」
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