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[承]アマヤドリ
バタバタと慌ただしく掛け走り込んだのは、造り酒屋の軒先。
激しく地を叩く雨の飛沫も、深い影を落とす此の場所までは、追い掛けて来ない。
彼女は恨めしげに天を見上げる。
雨足は益々強く、激しくなっていた。
濡れた足首。肩…腕、腰の辺り。
下ろし立てのパンプスも、真新しいワンピースも、時間を掛けてスタイリングした巻き髪も…全てが台無しだ。
この日の為に吟味したスタイル。
なのに。厳選に厳選を重ねた、自慢のコーディネイトは、みな雨に濡れそぼり、精彩を欠いている。
深く陰鬱な溜め息を吐いて…
彼女はHERMESのバッグを探った。
ハンカチを取り出そうと、中味を隈無く掻き回してみる。だが──
「──あれ?」
何処をどう探しても、目的の物は見当たらなかった。
淡い水色のワンピースに併せた、清楚な白いハンカチ。レースの縁かがりと、控え目に施した百合の刺繍が何処か古風で、一目惚れして買った物だ。
気に入っていたのに…
又ひとつ、深い溜め息を吐いて、
彼女は、肩に止まった雨粒を手で払った。
ついていない。
今日は、とても大切な日なのに…
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