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[結]ハジマリ ノ オンガク
「あの、それ…楽器ですか?」
青年は、黒い特徴的なケースを大切そうに抱えていた。先程から、ずっとそれが気になっていたのである。
「はい。僕…オーボエやってるんです。」
彼は、はにかんだ様に笑って答えた。
「でも急に降って来たから…」
「木管は、湿気に弱いですものね。」
「えぇ、良くご存知ですね。」
彼女は、ふと思い付いて青年を見上げた。
「あの…勘違いだったら、ご免なさい。もしかして今夜、演奏会なのでは?」
「はい。良くお解りですね。」
そう言う青年に、彼女はバッグの中から、演奏会のチケットを取り出して見せた。
「実は私…今夜行くつもりだったんです、この演奏会に。」
「───え、これ?」
チケットを一目見た途端。
青年は、これ以上無いほど目を丸くして口元を覆った。
「これ、僕のオケです。」
「やっぱり?」
「奇遇ですね。」
「はい、すごい偶然。」
「これからリハーサル?」
「えぇ。でも、この雨で大遅刻です。」
「大変!急がなきゃ!!」
「はい、急がなきゃ。」
だが、言葉に反して、彼は一向に急ぐ様子が無い。そして、モジモジと、こんな事を持ち掛ける。
「その…良かったら、会場までご一緒しませんか?」
「──良いんですか?」
「行先は同じですし。」
「そう…ですね。」
そうして二人は、微笑を交わした。
それを合図に、どちらともなく歩き始める。
「あの、私…。やっぱり、このハンカチ洗ってお返しします。」
「あ、いや…それは」
「また会えますか?演奏会の後に。」
「──はい。貴女さえ、良かったら。」
「良かった。勝負服を着てきた甲斐がありました。」
「勝負服だったんですか?」
「はい。たった今から勝負服です。」
良くお似合いですよと微笑えまれて…彼女は、小さく肩を竦める。
軒先から始まる、出逢いの物語。
それはまるで、通り雨の様に──。
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