40人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
プロローグ
「お! 天野、生きてたんだな!」
「カケルくん、元気だった?」
「ああ……まあ、な」
俺は適当に挨拶を交わし、体育館の中へと足を入れた。
私立森ヶ丘高等学校の第……何期だったか、卒業後初の同窓会なのだ。
同窓会なんてモノには正直来たくはなかった。
この学校には、そんなにいい思い出がないからだ。
親が亡くなり親戚に預けられた俺は、二年生の春にこの学校に転校してきた。
そこで俺は、イジメの対象になっていた女の子と出会った。
クラスの半分の連中が、加担していたイジメ。
女の子が好みだったとかじゃなく、単純にイジメられる女の子を助けようした。つまらない正義感とは思いたくない。
だが女の子はある時期から、学校に来なくなっていた。
人伝てに聞いた話だと、他の学校に転校したと後で知った。
それで終わってたらよかったんだがな。
連中からしたら、俺の何が気に入らなかったのかは知らない。
イジメの対象が、俺に切り替わったのは早かったな。
まあ酷かったけど、捨てる神あれば拾う神ありだ。
イジメに加担していなかった残りのクラスメイト達の助けもあって、おかげで俺へのイジメは減っていった。
だが連中、最後にとんでもない事をやってくれた。
……カンニングをでっち上げられたんだ。
教師にいくら否定しても、信じてもらえなかった。
理由は簡単だ。
イジメに加担してる奴らが、全員がカンニングの場面を見たって、教師に言ってやがったんだ。
他の連中も教師に、それは間違いだって言ってくれたようだが、証拠もなくそれは聞き入れてもらえなかった。
その結果、大学の推薦も取り消しになった。
他の大学も試験受けたが、見事に受からず浪人になってしまった訳だ。
そこからズルズルと、転落していくのは早かったな。
あっと言う間に無職になって、今じゃニート。
はぁ……無職ニート……
それだけでも肩身が狭いのに、イジメの連中がいる同窓会に参加。
参加したこと自体に矛盾しているのだろうが……それには理由がある。
橘アンナ。彼女に誘われたから他ならない。
橘アンナ。学年のアイドル的存在。
イジメから俺を救ってくれた友達の一人だ。
その子がいたから、俺はイジメに耐え卒業までできたのだ。
「よお……なんだ、お前も来ていたのかよ……」
その声に体が一瞬固まった。
焼けた黒い肌に、白い歯を見せ笑っている大男……田中マモル。
「……来てたけど、なんか問題でもあるのか? マモル……」
思わず睨みつける。
イジメの主犯格だったと噂されていた男。
……俺の元大親友でもあった男。
その周りには、イジメに加担していた連中がいる。
相変わらず金魚のフンみたいな奴らだ。
マモルの後ろに立って、ニヤニヤとしてやがる。
「いや〜……お前が同窓会に、ねぇ」
本当にいけ好かない連中だ。
俺は今は忙しい。橘アンナを探さなきゃならないからな。
「……じゃ、な」
「待てよ!」
マモルが、立ち去ろうとする俺の肩を掴んで引き止める。
その太い指が肩にグッとくい込んでくる。
痛えな、この野郎……力の加減を知らんのか。
「お前まだ無職なんだってな……二十五にもなって無職って、恥ずかしくないのかねぇ」
マモルの側にいた連中から、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
胸糞悪いな……いい大人が、まだイジメとかやるのかよ。
「なんだよ、その目はよぉ……なあ、またイジメてほしいってか? カケルよぉ……」
マモルの手を俺は強く掴んだ。
互いにいつ殴りかかっても、おかしくない雰囲気だ。
「ちょっと辞めなさいよ! こんな場所まで来て、何やってるのよ!」
「……ちっ……中嶋か……行こうぜ」
取り巻きを引き連れて、マモルは不満そうにしながらその場を後にした。
「本当に相変わらずね、アイツ等は……それより大丈夫なの? 天野くん」
「おお……おかげで助かったよ。ありがとうな、委員長」
委員長と言われ、クスっと笑うと、
「もう委員長じゃないわよ。ちゃんと名前で呼んでね、天野くん」
「だったな……中嶋」
マモルを追い払ったのは、中嶋スズだ。
元委員長で、クラスのまとめ役だった。
中嶋もイジメから俺を守ってくれた内の一人だ。
ずいぶんと迷惑をかけた思い出がある。
「そうだ、中嶋。橘アンナ、見てないか?」
「アンナ? そういえばまだ見てないわね。どうしたの、アンナになにかあるの?」
「いや……特に用事ってわけじゃないけど……そか、見てないか」
「……あの子、今は忙しいみたいだから、すぐには来れないんじゃないかしら?」
アンナは、今は売れっ子のモデル。ネット広告やテレビのCMでもよく目にしている。
必ず行くからってメッセージを貰っていたんだが……忙しいのか、まだ会場で見ていない。
「じゃ、そろそろ行かなきゃ。他にも挨拶しなきゃいけないから……ゆっくり楽しんでいってね!」
彼女は手をヒラヒラを振って、会場内に消えていった。
ポーン!
不意にポケットの中のスマホが鳴った。
「……着信? 誰だ……あ!」
スマホの画面には、新着メッセージが表示されていた。
その送り主は、会場には居ない橘アンナからだった。
橘アンナからのメッセージを受けた俺は、体育館横にあるプールへと足を運んでいた。
「あ……カケルくん。元気……だった?」
「まあまあ、かな」
八年ぶりの再開は、意外と呆気なかった。
プールサイドに座った彼女。俺はちょっと離れた場所に座った。
離れた場所からでも、彼女のいい匂いが漂ってくる。
「そう言えば……橘兄はどうした?」
「あー……お兄ちゃんはみんなに捕まって、お酒でも飲まされてるんじゃないかなぁ」
橘アンナの双子の兄貴の橘ユウキ。
アンナと双子なだけあって、イケメンなのは言うまでもなくかなりモテていた。
ただ……あいつは極度のシスコンで、妹一筋って言う変態なのが欠点だったな。
なにかと俺に突っかかって来ていたが……アイツも俺のイジメに加担するようになっていったな。
それにしても、イジメられてた俺を、どうしてアンナは同窓会に誘ったんだ?
アンナに誘われた時は、めちゃくちゃ嬉しかったけど……誘われていなきゃ、俺は進んでこんな同窓会になんて来ない。
「ごめんなさい……こういう場じゃないと、天野くんと会えそうになかったから……それとあの時のことを謝りたくて……」
「あの時のことって、なんだよ?」
「……カンニングのこと……助けられなかったこと……ずっと謝りてくて……」
ずっと気にしていたんだ。
たしかにあれ以降、アンナは芸能事務所に入って、学校にほとんど来れないでいた。
卒業式の後も、すぐに仕事に戻ったからな。
こうやって直接会うのも、本当に久しぶりなんだ。
「ね、カケルくん。あの後、どうしてたの? 仕事はちゃんとやってる?」
「いや……今は……」
「今は無職でーすって言えばいいじゃん、なぁカケル!」
「あはは! ウケるんですけどぉ〜」
「オラオラ、はっきり言えよ。アンナちゃんによぉ」
またか。
またマモルと取り巻き連中が来たのか。それと……ユウキもいる。
俺をすげ〜睨んでるな。アンナと二人だけでいたのが気に入らないんだろう。
「……行こうよ、カケルくん!」
「待てアンナ! お前はここにいろ!」
「お兄ちゃん!?」
嫌がるアンナの手を、ユウキは引き止めるように強引に掴んだ。
「なあ、カケル……お前、なに幸せそうな顔してんだ?」
「……マモル、お前……その手を離せよ……」
胸元を掴みあげるマモルの手が、震えている。
マモルの目に怒りの色が見える。
「あなた達! いい加減にしなさい!」
中嶋と他の元同級生たちの姿がそこにあった。
「せっかくの同窓会なのよ!? どうして、こんなことやってるの!!」
「うるせぇよ、中嶋ぁ!」
「うるさいのは、あんた達でしょ!」
「あ〜? なんだと、コラぁ……」
全員の雰囲気が、悪くなって来ているのが分かる。
俺が原因なんだろう。やっぱり来るべきじゃなかった。こうなる事は予想できたはずなのに……
「ねえ……空のあれ、なに……?」
誰かの声に、全員の視線が空に向けられた。
「な……なんだよ、あの模様は……」
みんなは動揺し、ざわめきはじめる。
闇夜に浮かんだ、二重の円と重なり合った幾何学模様。
俺はその模様を知っている。いや正確には知らないというべきか。
それは、漫画アニメゲームで幾度なく見てきた幾何学模様……魔方陣にしか見えないからだ。
空に出た巨大な魔方陣なんて、良いものなんかなわけがない。
嫌な気しかしない……俺の本能がヤバイと告げている。
となると、ここから逃げるしかない。
「行こう、アンナ!」
「え? カケルくん!?」
ユウキから奪うように、アンナの手を掴んだ瞬間だった。
ズン!
「きゃああ!」
「うわああああ!?」
「な……なんだ……か、身体が……重……い……!」
不意打ち、と言うのはこういう事なのだろう。
その場にいた全員を押しつぶすように、見えない重りがのし掛かってくる感覚。
アンナも苦しそうな表情で、なんとか堪えている。
「ア……アンナ!」
「カケル……くん……怖いよ……」
怖がるアンナの手を、俺はしっかりと握る。
急に重しが外れたように、身体が軽くなった。
「お……終わったのか……?」
「も……もう、大丈夫だよね? ね、カケルくん」
「いや……終わってない……逃げるぞ、アンナ!」
そう終わったわけじゃなかった。さっきのは始まりに過ぎなかったんだ。
元同級生たちが……元同級生たちが一人、また一人、宙に浮き始めていた。
想像を超えた現象。
ゲームじゃない。現実に起こっている現象に、俺は恐怖した。
「カケル……くん!! た、助け!!」
「な……なんだよ、これは!」
恐怖にひきつるアンナの表情……
アンナの身体が、空の魔方陣に吸い込まれようとしている。
フェンスを掴んで抵抗するが……引き寄せる力が強すぎる。
アンナの手が、ゆっくりと俺の手から離れていく。
「アンナ!」
「カケル……くん!」
握った手が……アンナの手が、俺の手から完全に離れた。
泣きそうな顔のアンナが空に浮かんだ闇の中に、スッと消えていく。
「ふ……ふざけんなあ!!」
アンナを助けたい気持ちを抑えられなかった。
どうなろうと考えるまでもなかった。
フェンスの縁に登った俺は、高く飛び上がっていた。
他の連中やアンナ同様に、俺も魔方陣の闇の中に、その身を吸い込まれた。
最初のコメントを投稿しよう!