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ボクっ娘エルフは中二病でした
「……空に現れた魔方陣ねえ」
エミリアは、一人でぶつぶつと小さく呟いていた。
キミの話を聞きたいと、エミリアはそう言った。
俺は同窓会からこの世界へ移転してくるまでの経緯を、出来るだけ詳しく話した。
異世界に無い言葉……例えば同窓会や、元同級生。
その都度彼女が聞いてくるので、分かりやすいよう説明しながらだ。
「ねえ、カケルくん」
経緯を説明するときに、名前も教えておいた。
最初に来た時、名乗ったはずなんだが……どうやら彼女は、名前をロクに聞いてなかったらしい。
人を久しぶりに見たので、我を忘れたそうだ。
「あのさ、キミが見た魔方陣……それを正確に描いて欲しいんだ。できるかい?」
「もちろんだけど……それでなにが分かるんだ?」
エミリアはフフンと鼻を鳴らすと、得意そうな顔をした。
「魔方陣の種類が分かれば、何の目的でキミたちをこの世界に呼んだのか。それがまず分かるんだよ」
「魔方陣の……種類?」
「そう、種類だね。勇者召喚魔法なのか、たまたま偶発的な召喚なのか……その辺が分かれば、人探しの手掛かりになる……って、思わない?」
魔方陣の種類なんかで手掛かりが分かる……のか?
こっち世界の法則が分からないから、なんとも言えないが……エミリアには、何か考えがあるんだろう……たぶん。
「……分かった。どこに描けばいいんだ? 地面?」
彼女は、違うよっとクスリと笑うと、腰の小さな袋から茶色紙とペンとインクを取り出した。
「……なあ……その袋のサイズから出てくるはずがない物が、どうして出てくるんだ……?」
「えっと……簡単に説明すると、この袋の中の空間を捻って、魔法で中を拡張してるんだ。そんなことよりも、早く早く」
急かす彼女は、テーブルの上にA4サイズの紙を置いた。
絵、か……こう見えても実は絵を描くことには、かなり自信がある。
中学の頃、あだ名がピカソとまで呼ばれた俺だ。
あの夜見た魔方陣なんざ、目を瞑っても描ける。
「さあ! 高天中のピカソと言われた……この俺の腕を見るがいい!」
――1分後。
描き終えた魔方陣を、エミリアの目と鼻の先に突き出した。
何故だろう。
俺が描いた魔方陣を見ているエミリアの顔が、苦虫を噛み潰したよう表情をしている。
「……ずいぶんと……独創的な魔方陣……だね……うん、これは……これでボクが……調べてみるよ……うん」
彼女は紙を手に取り、素早く袋に戻した。
俺の絵のセンスにエミリアは、きっと感動のあまり何も言えないのだろう。
たかだか魔方陣で感動するとは……感性が豊かな証拠だ。
「えーと……コホン! それで、カケルくんはこれからどうするんだい?」
「どうするって……そりゃ、こっちに来ているかもしれん連中を探すに決まってる」
「……具体的には?」
具体的な考えは無い。
ただ漠然としか、探すことしか考えていなかった。
「……魔法で、その湖畔の街まで俺を送るとか……できない?」
「うーん……出来ないことはないよ。でも、その後はどうするんだい?
めぼしい場所とかあるのかい? それに、武器やお金も持たずにどうやって、探すっていうのかい?」
うっ……エミリアの言ってることは正しい。
見ず知らずの土地で、勝手に動き回るのは得策じゃない。
それくらいは分かっているのに……
「困っているね……ねえ、もしキミさえ良ければ、ボクの弟子にならないかい?」
「弟子……?」
と、唐突だな。弟子にならないかって。どういう意図があるんだ……って、あれ?
なんか目が泳いでるし、またモジモジし始めてる。
「あの……ボクが寂しいからとかじゃなく……うん、決して寂しいからじゃないよ? 寂しいから、弟子になってくれたらな〜……とかじゃ……ないよ?」
……三回も寂しいとか言ったよ、このエルフ。
たしか、人と話すのが二百年ぶりみたいなこと言ってたよな。
ん? 街があることは知っていたんだよな……
「なあ、湖畔に街があるとか言ってたよな? どうして、そこで人と話さなかったんだ?」
エミリアは急に遠い目をした。
「……それをボクに聞くのかい、カケルくん。聞いて後悔しても知らないよ?」
物悲しそうな表情を浮かべ、エミリアは思い出すように遠くに視線をやる。
なんだ……何か聞いてはいけない事を、聞いてるような気がしてきた。
ゴクリと、つばを飲み込む音が耳の奥で大きく聞こえる。
「あれは……二百年前の、ある晴れた日のことだったよ……」
二百年前。
エミリアはこの場所に住むことになり、近隣の街に訪れた。
高位エルフという事もあり、一目みようと街の住人が集まった。
街の人の注目を集めた彼女は、緊張のあまり高らかに、こう叫んだ。
――我は暗黒邪神の申し子! 闇の大魔道士である! 我の邪心眼に封じられし闇を、今ここで解き放ってやろうぞ!
そのあとの街の人たちの反応は言うまでない。
「……ええ……あの冷ややか目……忘れないです……あんな白い目……はい……ちょっと調子にのってました……ごめんなさい……」
「……それに耐えられず、二百年間、ここに引きこもっていたと?」
「……はい……」
「お……お前が悪いんじゃねえかあ!!」
「ぴぃ!! だってだって……なんか賢者だけって、印象が薄いから……闇の大魔道士とかの方が、なんかカッコいいじゃないか!」
いや、カッコいいとかじゃねーよ。
このエルフ……なんか、ポンコツに思えてきたぞ。
自分は悪くないと言わんばかりに、エミリアは頬を膨らませている。
「で、それからどうなったんだ?」
「えっと……なんか、ボクを討伐するために、王国の兵士がたくさん来て……えへへ」
「笑って誤魔化そうとするな。で、討伐隊はどうなったんだ?」
「あれ? そう言えば言ってなかったっけ?」
彼女はキョトンとした表情をし、
「ここは世界七大迷宮の一つ、テメングラトの塔だよ。攻略難易度最高級の迷宮なんだ。と、言っても二百年前の情報だけど」
難易度最高級って……いったいどれくらいの難易度なんだろうか。
最高級っていうくらいだから、そう簡単に踏破できる迷宮じゃないんだろう……
「え……それってどれくらいの難易度、なんだ?」
エミリアは、うーんと言いながら腕を組んだ。
「そうだねぇ……並の剣士や魔術師なら、10階層までたどり着けないくらいかなぁ。並以上でも20階層が限界じゃないかな?
あ、さっきの話の兵士たちは、ここまで来れなかったね。たぶん5階層あたりで、全滅か逃げたんだと予想してるけどね」
強さの想像ができない。
でも屈強であろう兵士たちが、踏破できなかったくらいの難易度なんだろうなぁ。
「……まあその話は置いといて。とりあえず、あんたの弟子になってみるよ」
「ほ……本当かい!? ウソついてたら、ボク怒るからね?」
「ウソじゃないって。ま、よろしくだ」
「うん、よろしくだよ、カケルくん!」
なんだ、そのめちゃくちゃ嬉しそうな顔は。
そんなに嬉しいのかね……まぁ、人との交流がなかった訳だから分からないでもない。
立場は違うけど、俺も同じ境遇だったわけだし。
それにだ。こんなポンコツ賢者を一人放っておくわけにもいかないしな。
んで、後から知ったんだが。
どうやらこの塔の最上階には、邪悪な闇のエルフが住みついていて、そのエルフ討伐に王国が莫大な懸賞金をかけていた。
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