赤い袋

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 ある路地に血の滴る赤い袋を提げた怪人が出るという。  中には子供の臓器が入っているらしい。  怪人の正体は自分の子供の手術に失敗して狂った医者だとか普通では扱えないものを薬にして売っている不老不死の薬売りだとか言われている。  だがこれは怖い話を語っていた洋介がネタ切れで作り出したウソだった。  とっさに思いついた話だが、それを聞いた昌也の顔から血の気が引いた。 「ぼ、ぼくきのう見たよ、塾に行く時。ミケおばちゃんの店から二つ目の角を曲がった路地で」  ミケおばちゃんの店とはみんながよく行く駄菓子屋のことだ。 「うそだぁ」  まず祐明が否定した。みんなより身体が小さくて一番弱虫だったから怖かったのかもしれない。 「ほんとだよ。顔はうつむいてて見えなかったけど、汚い白衣着た背の高い男の人だった。血みたいな汁がぽたぽた垂れてる赤い袋を持って電柱の陰にじっと立ってた」  昌也はそれを思い出したのかぶるっと身震いした。 「それで?」  洋介は一番気の合う昌也が自分のウソ話をフォローしてくれているのだと嬉しくなって続きをうながした。  昌也は洋介の顔を見てうなずき、 「前を通り過ぎようかどうしようか迷ったんだけど、ぼく怖くて引き返したんだ」 「昌也でも怖かったんだぁ――」  祐明が唖然となり「そんなのに出会ったらぼくどうしたらいいのぉ」と泣きべそをかいた。 「逃げればいいだけじゃん。昌也みたいに」  律子が笑う。 「でもぼく足が遅いもん。追いかけられたらきっとつかまっちゃう。そしたら、そしたら――」  祐明も洋介と同様想像力が豊からしく、頭の中で自分の身体が解体されているところを思い浮かべているのか、そこからしゃべることができなくなった。 「ウソだよ。全部ウソ。こいつら二人してうちらをだましてるんだよ。なっ」  疑り深い律子が洋介の背中をどんっと叩いた。女だてらに律子の力は強く、洋介は痛さに顔をしかめた。 「ウソじゃないよ。ホントだよ」  先に昌也が反論した。  実際のところ、もういいよと思った。これ以上強く言うとこじれてしまって、結局ウソだと白状しても気まずくなる。 「そんなの、いないよっ」  今まで黙って聞いていた克彦が突然大声で否定した。  洋介を含めみんな克彦を振り返る。 「ご、ごめん、急に。ぼくも怖くなっちゃって――」 「だよねぇ、いないよねぇ」  仲間を得た祐明が安心の笑顔で克彦と腕を組んだ。  克彦は転校したてで、家庭の事情があるのかちょっと暗くて薄汚かった。当然クラスに溶け込めず、藤田先生にグループに加えるよう頼まれたのだ。  まだまだぎこちない仲間だったけれど、今ので祐明に認知されたみたいだ。  洋介は自分のウソが少しでも人の役に立ったのだと思った。  だが。 「ホントだよ。ホントにいたんだってばっ」  昌也、まだ言ってる。  洋介はこじれた後で律子に殴られるのが怖くて、今すぐ白状することに決めた。 「もういいよ、昌也。  みんなごめん。これはぼくのウソでしたー」 「だろ? うちはわかってたよ」 「なんだぁ、よかったぁ」  律子と祐明はすぐ笑って許してくれた。  やっぱいい仲間。こういうところ好きなんだ。  だが、昌也の顔は引きつったままだ。 「ウソって何? 洋介は知ってたんじゃないの? ぼくは本当に見たんだよ」 「もういいよ。君こそぼくにノッてくれたんだろ? ありがと。やっぱ親友だね」  洋介は昌也の肩をぽんぽん叩いた。  だが、昌也は今にも泣きそうな顔で首を横に振り続けていた。
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