コッペリア

4/15
前へ
/129ページ
次へ
 「俺が誰だか知りたいのか?」  育ちの良さそうな見た目とは裏腹に、ひどく乱暴な喋り方だった。まだ言葉の出てこない僕はうなずくことしかできなかった。  「俺はコッペリア。それ以上でも以下でもねぇよ」  そう言われても、やっぱり分からないままだった。  不意に、コッペリアが僕に向かってぴょんと跳びかかってきた。驚いた僕は後ろにのけぞり避けようとしたが、すぐ後ろにはガラスの壁があり逃げられなかった。体重を感じないほど軽やかに跳ぶコッペリアは、息がかかるほど近くに着地した。  コッペリアはさらに顔を近づけてくる。  「なあ、いい事教えてやろうか」  威圧的な声に僕は委縮した。青いガラス玉のような瞳が、人間のものとは思えないほど美しく、吸い込まれそうで怖かった。怖いのに、目が離せない。  コッペリアは悪魔のような笑顔でささやいた。  「ここの奴らはみんな嘘つきだ」  言葉が耳に響く。大きな声ではなかったのに、耳元で叫ばれたかのように頭がガンガンする。  「……うそ?」  辛うじて声が出た。  「そうだ、嘘つきだ。お前があいつらに言われた事は、大体、全部嘘だ」  まるで赤子をあやすような穏やかな声色だった。  「違う!」  とっさに叫んでいた。とても大きな声になったので、言った僕が驚いてしまった。コッペリアも驚いたのか、少し顔を離した。  「でもお前の知っていることって、この宮殿の中でこの宮殿の関係者から聞いた話ばかりだろう。それが本当の話だって照明できねぇじゃないか」  「違う……君こそ何なの。この宮殿の関係者じゃないよね。人を呼ぶよ!」  「どうぞご自由に。俺はお前にしか見えねぇから、錯乱したって思われるだけだがな」  コッペリアの言葉を理解するのに一瞬、間が空いた。  ゾッと背筋が寒くなる。考えてみれば、警備の厳重な宮殿に女の子が一人で侵入できるはずがなかった。彼女は、人間ではないのかもしれない。  「……信じられない。君のことよく分からないのに、君の言葉を信じる理由がない。訳の分からない君より、僕は家族と使用人のみんなを信じる」  「家族!」  そう叫んでコッペリアは大笑いをした。「笑うな」と怒る僕の声をかき消すほどの大声で、ゲラゲラと笑っている。上品なドレス姿とは不釣り合いな、粗暴な笑い方だった。
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加