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「俺が誰だか知りたいのか?」
育ちの良さそうな見た目とは裏腹に、ひどく乱暴な喋り方だった。まだ言葉の出てこない僕はうなずくことしかできなかった。
「俺はコッペリア。それ以上でも以下でもねぇよ」
そう言われても、やっぱり分からないままだった。
不意に、コッペリアが僕に向かってぴょんと跳びかかってきた。驚いた僕は後ろにのけぞり避けようとしたが、すぐ後ろにはガラスの壁があり逃げられなかった。体重を感じないほど軽やかに跳ぶコッペリアは、息がかかるほど近くに着地した。
コッペリアはさらに顔を近づけてくる。
「なあ、いい事教えてやろうか」
威圧的な声に僕は委縮した。青いガラス玉のような瞳が、人間のものとは思えないほど美しく、吸い込まれそうで怖かった。怖いのに、目が離せない。
コッペリアは悪魔のような笑顔でささやいた。
「ここの奴らはみんな嘘つきだ」
言葉が耳に響く。大きな声ではなかったのに、耳元で叫ばれたかのように頭がガンガンする。
「……うそ?」
辛うじて声が出た。
「そうだ、嘘つきだ。お前があいつらに言われた事は、大体、全部嘘だ」
まるで赤子をあやすような穏やかな声色だった。
「違う!」
とっさに叫んでいた。とても大きな声になったので、言った僕が驚いてしまった。コッペリアも驚いたのか、少し顔を離した。
「でもお前の知っていることって、この宮殿の中でこの宮殿の関係者から聞いた話ばかりだろう。それが本当の話だって照明できねぇじゃないか」
「違う……君こそ何なの。この宮殿の関係者じゃないよね。人を呼ぶよ!」
「どうぞご自由に。俺はお前にしか見えねぇから、錯乱したって思われるだけだがな」
コッペリアの言葉を理解するのに一瞬、間が空いた。
ゾッと背筋が寒くなる。考えてみれば、警備の厳重な宮殿に女の子が一人で侵入できるはずがなかった。彼女は、人間ではないのかもしれない。
「……信じられない。君のことよく分からないのに、君の言葉を信じる理由がない。訳の分からない君より、僕は家族と使用人のみんなを信じる」
「家族!」
そう叫んでコッペリアは大笑いをした。「笑うな」と怒る僕の声をかき消すほどの大声で、ゲラゲラと笑っている。上品なドレス姿とは不釣り合いな、粗暴な笑い方だった。
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