コッペリア

7/15
前へ
/129ページ
次へ
 「これ、お母様から!」  「はい、手紙くらいでしたら病気がうつらないようにできるとのことでしたので、どうぞお開け下さい」  いつもきちっとしていて、真面目な姿勢を崩さないベルトさんがそわそわしている。早く見たいような、少し怖いような不思議な気持ちになり、封筒を開ける手がぎこちなくなる。  ゆっくり、中に入っていた便せんを取り出し、手紙を読んだ。  『愛しの我が子へ。そばにいてあげられなくてごめんなさい。でもあなたのことずっと思っています。大好きよ。あなたが幸せなら、私も幸せよ』  短い文章だったけれど、初めてお母様の声を聞けたような気がして、胸がいっぱいになった。この気持ちは『嬉しい』だけではとてもじゃないけど表現しきれない。  「体調のことがありますので、長文は書けないとのことでした。でも、奥様はフランツ様のことをとても愛してらっしゃるので、会えなくて悲しいのは奥様も同じはずです」  「ベルトさん、お返事を書いてもいいですか?」  「もちろんですとも。フランツ様の字の練習にもなりますし、奥様も喜びます」  お母様に手紙を書く、そう決意したら居ても立っても居られなくなった。別に締め切りなんてないのだけれど、気が急いてしまって落ち着かない。ベルトさんがいくつかレターセットを用意してくれるというので、僕はその間に何を書こうか考える事にした。  最初はどう書こうか。『はじめまして』……母親に宛てた手紙ではおかしいだろうか。その後は? 僕の自己紹介だろうか。勉強のこと、字は読めるようになったけど書くのはまだおぼつかない……字を間違えてしまわないだろうか。ベルトさんにチェックしてもらおう。そうだ、お兄様のことも書こう。  ノートに『手紙に書きたいことリスト』を書き出すと、リストはあっという間にいっぱいになった。びっちりと書き込まれた文字は、書いた僕ですら何が何やらよく分からない。  「汚ねぇ字だな」  耳元でいきなり声がして、体がビクッとなる。コッペリアだった。当たり前のように、すぐ横に立っている。
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加