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するとコッペリアは、数式を書いたそばから朗読し、終いには先に答えまで言い出し始めた。
「もう、分かったよ。扉を開けるから、もう邪魔しないで」
邪魔だったというよりも、コッペリアが僕よりも計算が速くて、少しショックだった。
僕は椅子から立ち上がり、扉へ向かった。一日のうちに何度も出入りする扉だ。コッペリアの言う通り、ここは警備された安全な宮殿の中、危険などあるはずがない。そのはずなのに、ドキドキする。
僕は扉の取っ手に手をかけると、思い切って勢いよく扉を開けた。
女性がいた。目が合った。
とても驚いたが、使用人の服を着た彼女の方がもっと驚いていた。彼女は持っていたバケツを落とし、廊下ににガシャンという大きな音が響く。
バケツの中に入っていた水が、扉の前に広がる。
「申し訳ありません!」
若い女性の使用人は慌ててしゃがみ込み、雑巾で水を吸い取ろうとする。他の使用人よりもはるかに若く見える人だった。もしかしたら、僕とそれほど年が離れていないのかもしれない。
「いえ、僕こそ驚かせてしまいました」
僕もしゃがみ、彼女を手伝おうとした。すると彼女は慌てて僕を止める。
「恐れ多いです」
「でも」
僕は彼女の顔を見ようとしたが、彼女は顔を隠すようにそらした。
「申し訳ありません。えっと……そばに近づいていい立場ではないので」
「ごめんなさい。僕、そういう立場とか分からないです」
「……」
ようやく彼女がこちらを見た。日焼けしているのか肌が褐色で、珍しい黒い色の瞳だった。黒い瞳は鏡のように僕や景色を映している。何て神秘的な目なのだろうか。
「どうかしたのですか」
ベルトさんが小走りで近づいてきた。手にはレターセットを抱えている。
「申し訳ありません。不注意で水をこぼしてしまいました」
「いえ、僕がいきなり扉を開けて驚かせてしまったんです」
ベルトさんは少し困った顔で思案し、瞳の黒い彼女に「後は私が片付けますから、持ち場へ戻って下さい」と指示した。
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