コッペリア

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 宮殿の中はとても広く、僕が立ち入ってもよい場所だけでも広大だった。植物園や図書館までの道のりは覚えたけれど、他に何があるのかいまだによく分かっていなかった。だから空いた時間で宮殿内を探検していたのだ。  昼近くまで歩き分かったのは、美術品がたくさん廊下やサロンに飾られていることと、似たような部屋が多くて迷いやすいということだった。  自室の戻ろうと歩いていると、廊下のはるか先にお兄様の姿が見えた。声をかけようと思ったのだが、お兄様の顔がとても疲れているように見えたので思いとどまった。  「アルブレヒト様は最近ご多忙なのですよ」  教師の代わりに勉強を見てくれたベルトさんにお兄様の事を訊くと、そう教えてくれた。お父様は前から忙しそうだったけど、最近ではお兄様とも顔を合わせることが少なくなった。使用人の人たちも、どこか慌ただしい。  「僕だけ、何もしていなくてもいいのでしょうか」  「フランツ様はお勉強を頑張ってらっしゃるじゃないですか」  「でも……全然足りないです」  結局、お母様への手紙にも数日かかってしまった。できる限り字をキレイに書こうとしたけど、どう書いてもぎこちなく、文も読みづらい。何度直してもよくならず納得はできなかったが、これ以上待たせるのも嫌だった。  「大丈夫ですよ。気持ちを込めて書いた手紙は、ちゃんと伝わります」  手紙を渡した時ベルトさんにはそう言われたが、やっぱり書かなければよかったという後悔が僕にはあった。あまりのつたなさに呆れられたらどうしようという不安と、ほんの少しの期待が、頭の中をぐるぐるしてめまいがする。  気を落ち着かせようと、もう一度散歩に出た。植物園に行こうか、図書室に行こうか、右に行こうか左に行こうか、ぼんやり考えながら歩いていると、いつの間にか知らない場所にいた。どうやって来たのかも覚えていない。完全に迷ってしまった。  人がようやくすれ違えるくらいの幅の階段を、僕はなぜか下っていた。白い壁も階段も質素で、表面はごつごつしている。僕が今まで生活していた場所とは雰囲気がまるで違う。  階段の先に見えた踊り場には小さな窓があった。窓を覗くと見慣れない景色だった。宮殿の反対側まで来てしまったのかもしれない。反対側へは行ってはいけないと言われていた。しまったと思い、僕は途方に暮れてしまった。  遠くから声が聞こえた。僕が来た方から、少しずつ近づいてくる。どうしようかと考えて、階段を急いで下った。下の階で一番最初に見えた扉に入り、息をひそめる。
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