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のぞき穴で人がいないことを念入りに確認した後、僕は恐る恐る扉を開けた。リネン庫のようだった。汚れ一つない壁や床に、きちんと整理されたリネン類。照明も洒落たものが付いていて、愛らしい花の絵がちょこんと飾られている。僕が暮らしていた環境に、やっと戻ってきたような感覚になった。
リネン庫に入り振り返ると、コッペリアは薄暗い所で立ち止まっている。こっちに来る気はないらしい。
「ありがとう」
一応お礼を言って扉を閉める。あと少しで閉まりきるという所で、コッペリアが言った。
「よかったな。元の生活に戻れて」
ぱたんと閉まった扉は、もうどこにあったのか分からないくらい壁と同化した。閉まる瞬間のコッペリアの顔は見えなかったけど、ニヤニヤと笑っている顔が容易に想像できる。
なんて意地悪なんだろう。僕がもう、迷子になる前の僕に戻れないこと分かっているくせに。
本当は薄々気づいていたんだ。みんなが何かを隠していること。
時々話が嘘くさかったり、違和感があったりした。それをずっと気のせいだとか考え過ぎだとか言い訳して誤魔化してきたんだ。確信してしまったら、もう何事もなく平和になんて暮らせなくなってしまうから。でも、もう知ってしまった。もう気のせいで済ませることはできない。
何を隠しているのか、それが何かを守るためなのか、それとも悪いことを隠すためなのかは分からない。だから怖くてもやもやする。もし、何もかも嘘で外に何もなかったら、僕を利用するために全員で騙しているとしたら……悪いことばかり頭に浮かぶ。
気づいてしまったところで、今の僕には何の力もない。逃げる場所もなければ、推理したり対策するための知識もない。誰が信じられるのか、そもそも信じていい人間がいるのかも分からない。
今の僕にできることは、何も気づいていないふりをして、今まで通りにすることだけだ。怖い、でも誰にも頼れない。
僕は……一人ぼっちた。
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