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歩ききれれば不安は消えると思っていた。実際不安は消えたし、植物園への興味で忘れていた。でも、全くなくなった訳ではなかった。
不安の炎は、消えたように見えてまだ奥底でぷすぷすとくすぶっていた。油断するとすぐに黒い煙を出し始め、また不安の炎が上がってしまう。怖い。たまらなく怖い。
不意に目から涙がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
抑えていたものが溢れ出る。止めようと思っても止まらない。
みんなはとても優しい。でも優しいのはフランツだから。僕はみんなの知っているフランツじゃない。そしてもう元のフランツには戻れない。
僕は、本当は優しくされる資格のない赤の他人なんだ。少しでもフランツらしくない行動をとったら、きっと気づかれてしまう。ガッカリされて、捨てられてしまう。それなのにどうすればいいのか分からない。何を言えばいいのか全く分からない。
突然、僕の体が何かに包まれる。視界は塞がり、とても温かい。
「謝らないで」
兄の声だった。僕は兄に抱きしめられていた。
「悪いのは私たちなのだから、謝らないで」
声は少しずつ小さくなり苦しそうだった。兄は声を絞り出すように続けた。
「今度こそちゃんと守るから、だからもう泣かないでくれ」
兄の言っていることはよく分からなかった。でも兄の体温に包まれて、恐怖がほんの少し和らいだ。その代わりに、だんだん眠くなってきた。
「ごめんよ、一度に色々な事を言ってしまったから、混乱してしまったんだな」
いつの間にかすぐ近くにいた父が、僕の頭を撫でる。恐る恐る顔を上げると、少し困ったように微笑む優しい顔があった。
「今日は疲れただろう。もうベッドに戻ろう。大丈夫、時間はいくらでもあるさ。ゆっくり慣れていけばいい」
車椅子に乗せられ、廊下をカラカラと運ばれていく。細かな振動で眠気が一層強くなる。
「何か、気になる事や分からない事があったら何でも聞いておくれ」
道中、父が言った。気になることはあったけれど、聞いてもよいことなのかどうか迷って結局返事もできずに黙ってしまった。
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