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「フランツ様は、今とさほど変わりませんでしたよ」
不意に女性の声がして驚いていると、本棚の影からベルトさんが現れた。
「勉強熱心で、少し心配性で」
「本当?」
「ええ。幼い頃はいつもアルブレヒト様の後ろにぴったり付いて離れないくらいでした」
アルブレヒトとはお兄様の名前だ。長くて覚えにくかったけれど、この名前はちゃんと覚えたくて何度も何度も暗唱して覚えた。
ふと、ベルトさんの顔が曇る。
「本当は昔の話はしない事にしていたのですが……」
「どうして?」
そう言った僕の頭を、お兄様がわしゃわしゃと撫でる。
「過去のことでフランツにストレスを感じてほしくなくて、みんなで決めたんだ。でも知らない方が不安だったかな」
僕はうまく返事ができなかった。でも、みんなが僕のためにそうしてくれたというのは、とても嬉しかった。
閲覧室はとても明るかった。吹き抜けのエリアには大きな窓がいくつもあり、外とあまり変わらないほどの太陽光に包まれている。振り返って見えた蔵書室は、コントラストのせいで黒く塗り潰されているように暗かった。
外は風が吹いているらしく、閲覧室の床に写された木の影がゆさゆさと揺れている。
鳥の影が僕の足元を横切った。反射的に窓を見る。鳥は見えなかった。けど、誰かがいたような気がした。窓の方を向いて空を見上げるまでの一瞬に、閲覧室の窓際に立つ人が視界の端に映ったように感じたのだ。
「どうかしましたか?」
ベルトさんの呼びかけに、僕は戸惑いながらも答えた。
「そこに誰かが……」
もう一度窓際を見たけれど、誰もいなかった。
「いえ、見間違えたみたいです」
僕たちは何事もなかったように、また机に向かって歩き出した。
それからお兄様は、何時間も僕の勉強に付き合ってくれた。お兄様は教え方がとても上手で、分からずにつまずいていた所もすんなりと理解できるように教えてくれた。お兄様は今年で十八歳らしいが、僕の専属の教師よりも博識に思えた。
国や世界の歴史も、まるでおとぎ話のように面白く語り聞かせてくれて、教師に習うよりも早く覚えられた。
お兄様はとてもすごい人なんだ。完璧だったのはお兄様の方だったのだ。
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