僕のはじまり

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僕のはじまり

 晴れた日の昼間だというのに、この廊下は照明が必要なほど暗かった。その上とても長く、ようやくベッドから出られるようになったばかりの僕の足には辛かった。廊下がこんなにも長いとは思っていなかった。  「辛いようでしたらお座りください」  カラカラと車椅子を押す身なりの整った男性が、僕に言う。大丈夫という言葉がとっさに出てこなかったので、首を横に振って意思を伝えた。  本当は、もうくたくただった。部屋の中で歩く練習をしていた時は平気だと思っていたけど、考えが甘かった。長い間ベットに横たわっていた体は、そう簡単には動くようにはならないようだ。それでも僕は、自分の足で歩きたかった。  周りには上等な服を着たおじさんと若い男の人、それに車椅子を押す男性とメイドが二人居る。僕を取り囲むように、まるでパレード行列のようにゆっくりと、僕に合わせて廊下を歩いている。黒い服を着た呪術師は、僕たちから少し離れて付いてきている。  僕たちの進む廊下の先は、眩しいくらいに明るかった。カラフルな色ガラスのはめ込まれた扉が太陽の光を通して、その一帯を照らしている。まるで洞窟の出口のようにも見えるその場所に自力で歩いていければ、達成できれば、この言いようのない不安を消し去ることができるのではないかと、僕は根拠のない淡い期待をいだいていた。  一歩一歩、時間はかかったが進み、包帯まみれの僕の手が、宝石のように光り輝く扉の色ガラスに触れる。その瞬間、体を重くしていた疲れが光の中に溶けてしまったかのように消えて、胸の奥から達成感が湧き出てきた。やった、そう思ったとたんスッと力が抜けた。  「大丈夫かい、フランツ」  バランスを崩し倒れかけた僕を、『兄』だという人が抱きとめる。フランツ。僕の名前だと教えられていたが、やっぱり馴染みがない。  僕には記憶がなかった。家族のことも、自分がどんな人間だったのかも、好きなものも嫌いなものも、この宮殿の外がどうなっているのかも、一切何も覚えていなかった。  最初の記憶はひと月ほど前の、ベッドの上で目を覚ました時だった。その時は体がずしりと重く、頭もぼーっとして回らなかったため、記憶がないということにすら気づかなかった。一週間ほどたち、ようやく自分が正常ではないとわかり始めた頃、呪術師を名乗る人から僕に何があったのかを説明された。
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