コッペリア

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コッペリア

 この宮殿の中には立派な図書室があった。入り口から入ってすぐの中央は円形の吹き抜けの閲覧室になっていて、左右に二層ずつの蔵書室がある。  蔵書室にはびっしりと本棚が並んでいて、所々隙間は空いているものの大量の本が並んでいる。一生を使ってもほんの一部しか読めなさそうだ。  ようやく字を読めるようになった僕は、ここしばらく図書館に入り浸っていた。  「やっぱりここにいたんだね、フランツ」  顔を上げると、お兄様がすぐそばに立っていた。本に夢中で近づいてきたことに気づかななかった。  「勉強熱心なのはよいのだけれど、床で読むのは感心しないなあ」  お兄様は苦笑いを浮かべながら言った。蔵書室で本を選んでいる間についつい夢中になってしまい、僕は床に座り込んで読みふけっていた。  「ごめんなさいお兄様」  僕は、慌てて散らかした本を片づけた。お兄様も本を拾ってくれた。  「時間が空いたから勉強の手伝いをしようかと思ったんだけど、この分だと私もすぐに追い越されてしまいそうだ」  お兄様はまとめた本を持ち上げると、中央の閲覧室まで持ってくれた。僕はお兄様の後ろに付いていく。  「分からないことがあったら、私にわかる範囲で教えるよ」  移動中、お兄様はそう言ってくれた。でも僕にはまだ、分からないことすらまだよく分からない。  「勉強の事じゃなくてもいいんだよ」  そう言われて少し考える。この生活にも慣れてきて、ここの人たちは些細なことで怒らない心の広い人だと分かってきた。今まで怖くて訊けなかったけど、今なら訊けるんじゃないだろうか。  「記憶がなくなる前の僕って、どんな人だったんですか」  ずっと前のフランツに怯えていた。前と比べて行儀よくできているか、前と比べて真面目に見えるか、前と比べて、前と比べて……ふと気がついたのだ。比べようにも僕は前のフランツをさっぱり知らない。  部屋には前のフランツが残したようなものはなかった。日記も写真も何もなかった。僕が今まで比べていたのは、勝手に僕が想像したフランツだった。全てにおいて完璧なフランツ。勝てる訳がない。  「そう……だね」  お兄様はそう言うと考え込み、黙ってしまった。お兄様の後ろ姿、顔は見えないのでどんな表情をしているのか分からない。  沈黙が続くほどに心臓の鼓動が速くなる。もしかしたら本当に前のフランツは完璧で、今の僕との差にガッカリしているのかもしれない。どうしよう、やっぱり訊かなければ……
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