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「マスターはイケメンなんだから、バレンタインに道歩いてれば自動的に貰うよ」
「要ちゃんも何気に酷いよ? 君達がいる時は会わないだけで、お客は他にもいるよ、この店は」
「それ本当?」と、二人はまるで信じない。何故ならこの二人が飲みに来る時は大抵、互いに顔を合わせるか一人で飲むかで、他の客を見たことは一切無かったからだ。だから内心二人は、この店が知らぬ間に閉店してしまうのではないかと心配しているし、いつも入店する時は必ず営業しているかを確かめる。
マスターは「本当だって」と言って、シェイカーで振り終えたばかりのカクテルを博樹のショートグラスへ注いだ。ザクロの果汁とレモンの爽やかさが、ウォッカの強烈なパンチと共に口中で広がる。
「カナこそ今年はどうよ?」
「どうよって何? チョコのこと?」
「おう。俺貰ってないから誰にもあげてねーのかと思って」
「どっからくるの? その自信。まぁ、今年は取引先にしか配ってないけど」
「やっぱ誰にもあげてねーんじゃん。干上がってんなぁ~」
「うるさいわ!」
まるで夫婦漫才だなと、マスターが静かに笑う。
「最後に本命チョコあげたのいつよ?」
「え? いつだろ……六年前?」
「ってことは、俺と同い年だからー……カナが24の時か」
「ちょっと! 一コ違いでしょ!? ヒロキは早生まれでしょーが! あたしまだその時ピッチピチの23!!」
何を必死になっているのか最初はわからなかったが、要がまだ三十路でないことに拘っているのだとわかると、博樹はしょっぱい顔を彼女に向けた。
「六年前から恋愛してないのかぁ……もうカラッカラだな」
「ちょっと!」
「まぁまぁ…。そう言う博樹君は今年沢山チョコレート貰ったの?」
「ん? まぁね……取引先と事務の子からザックザク?」
「ほぼ義理じゃん! そんなにあたしと変わんないでしょ!?」
「そんなことより、俺はもっと深刻な問題抱えてんだよ……」
急に低いトーンで遠い眼をした博樹に、二人は眉をひそめた。詳しく訊ねると話はこうだ。順調に営業実績を重ねていた博樹は、ある取引先会社の役員に気に入られ、その娘との縁談話が今持ち上がってるのだという。
「それって政略結婚的な?」と要が訊ねると、「それよりパワハラに近いかな……」と力無く答える。
「相手の女性には会ったの?」
「いや、『娘の画像』は見たことあるけど……」
「どうだった? 美人? それとも不細工?」
「うんまぁ……美人とまではいかなかったけど、可愛いには可愛かったかなぁ」
「じゃあ前向きに付き合っちゃえば?」
「そういう訳にはいかねーよ……簡単に別れたり出来ねーし」
「意外! ヒロキって感覚的な肉食系だと思ってた!!」
その言葉に博樹は呆れたような視線を返す。
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