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席へ戻って来るなり要が「片想いの相手、話しちゃった?」と訊くと、マスターは「まだ何も話して無いよ」と答える。
「でも客なのはわかった」
「こらこら」
「ハハッ……俺も雉撃ってくるわ。マスターの片想い相手、どんな奴か訊いておいて」
そう言って席を立った博樹に、要は親指を立てて見せた。カウンターには再び、静寂が訪れる。
「気を悪くしないで欲しいんだけどさ……もしかしてマスターって、女性は恋愛対象外?」
「え? 何で?」
「私何度か見てるんだけどさ、ヒロキを見るマスターの眼差しが凄く熱いなぁって。今も席を立ったヒロキのこと、じっと見てたでしょ?」
「僕が博樹君に片想いしてるって?」
「そう。私そういうの全然偏見無いから! そうだったら応援してあげようと思って」
「ハハ……ありがとう。でも彼じゃないよ」
「何だ~残念。でも相手は男性だったり?」
「さぁ~どうだろう?」
煙に巻かれた要は両頬を膨らます。その顔がツボだったのか、マスターはお腹を抱えて笑った。そうこうしてるうちに博樹が戻って来て、「相手どんな奴かわかった?」と訊ねる。
「わかんなかった~。マスター結構手強い~」
「そうかぁ? カナが弱いだけなんじゃねーの?」
「ちょ!!」
こうして時々三人の笑い声を含みながら、深い夜は無常にも過ぎて行った。
* * *
「そろそろ俺、帰るわ」
そう言って唐突に席を立った博樹は、隣に置いてあった上着を羽織りつつ財布を取り出した。そんな姿をじっと見つめていたマスターは、渋々と会計の準備を始める。
「さっきから静かだと思ったら……こいつ寝ちまいやがって」
博樹とマスターが他愛のない話をしていた辺りから、要はカウンターを枕にしてスヤスヤと寝息をたてていた。
「今日はいろいろあって疲れてたみたいだよ。まぁ閉店まではあと一時間あるから」
「ここは四時までやってくれるのが有難いよな。本音言うと始発動き出すまでやってて欲しいけど」
「ゴメンね。君達なら始発まで店にいてくれても全然構わないけど……僕は闇の中でしか動くことが出来ないから」
「何その言い方。恰好良くない? 『僕は闇の中でしか動けない』なんて」
「ハハッ……深夜だからちょっと恰好つけちゃったかな」
「かわいいかよ」
彼女を起こさないよう静かに笑い合う二人。
「カナ置いてっちゃうけどいい?」
「いいよ。タクシーで送っとく」
「悪いね。それじゃ」
会計を済ませた博樹は、静かになった深夜の繁華街へと消えて行った。
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