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10―質疑応答
「戦争に行きたいわけではない。でも、逃げたくない。じゃあ、どうすれば良いと思う?」
満月の夜だ。美しい月下、寮の屋根に上って座り、“俺”は月を眺めていた。隣には、先程呼び出したミカエルがいる。
「難しい質問だな。私には分からないね。 ……ただ、戦場へ出向く事はお勧めしない。何故なら君たちの近くに悪魔がいるからだ。ルシファーは心を改めたわけではない。まだ復讐心に燃えている事だろう。終わらすことのできない天界への復讐劇、きっと彼は、身を滅ぼし続けてもずっと続けるだろう。ただの怨念になったとしても、天界への復讐はやめない。そういうやつだ、アイツは。」
ミカエルは懐かしんでいるような、それでもどこか悲しげな声色で語った。
「ルシファー様、か。あの悪魔、何が目的なの? 最終的な目的は天界への復讐なんでしょ?」
「そうだな。きっと、戦争を利用するだろう、と言うのが私の予想だ。戦争を促すようなことを予めしているか、それとも政府側に悪魔が憑りついているか。なんにせよ、戦争を利用する事は確実だと言い切れる。これだけ戦争までの期間が短いのだ。確信に近い」
「へぇ……」
「ただな、レオ。一つ言っておく、君たち五人には、私たち天使がついている事を忘れるな。いくら悪魔が人間を使ってこようが、人間が神に近づこうが、私は君たち五人の味方、必ずしも君たち以外も守るわけではないんだ。そこを理解してもらいたい。五人ならまだしも、何百人単位でまた何か異変が起これば、こちら側としても迷惑な話なんだ。世界規模で換算するもんだからな、アズラーイールがいつも困った顔をしてくる。 ……と、話がそれたな、まあ。いずれにせよ、君は助言を聞いたうえで、何をするか決めると良いよ。私は助言をする事しかできない」
「うん、ありがとうミカエルさん」
「良いんだ。私も君と話が出来て嬉しい。あの時はイザヤ君くらいしか話す事が出来なかったからね」
「バタバタしてましたしね」
「やっと時が経ち、五人そろって記憶も戻ったと思ったら、また悪魔に邪魔された。……こうやって歴史は繰り返していくんだろうな。さて、もう寝なさい。月がもう天辺を超えた。頭は大人になったかもしれないが、まだ体は幼い。体調を崩すなよ」
「はは、要らないお世話だよ。じゃあね」
そういって俺は手を振った。ミカエルは天に昇っていきいつの間にか消えていた。
翌日。
ノアからまた話し合いたいと言われた。なのでまた夕食後に話をしようと言う事になり、それまでは各自普通に過ごす事になった。
そして夕食後。
「ごめんね、また」
「期限までまだあるのに、答えは出たの?」
とオーウェンは乗り出して聞いた。
「ううん」
そう言ってノアが首を横に振るのを見て、オーウェンは肩を落として椅子に座り直した。
「ただ、どうすれば良いか分からなくなったんだ。おれはただのルシファー様の為の魔力タンクで、ルシファー様が起こす悲劇によって、何が予想されるか分からない。それが昨日分かってさ、頭が八切れそうになったんだ」
「待って、魔力タンクってどういう事?」
魔力タンク、か。
要は、ノアの体には他より優れた魔力、又は大量の魔力を持っている。そこからルシファー様は力を取り戻すためにノアに憑りつき、魔力を得ていた。まだ完全ではないが、ノアの感情の起伏によって、魔力の量が変わる。それによってどんどんルシファー様の魔力は上がる。回復しつつある。来年にはきっと完全になっているかもしれない。そういうことだ。
「ルシファー様にそう言われたんだ。お前は私の魔力タンクだ、と」
「悪魔にとって、人間は自分を作り上げるための道具って訳か」
とルークは納得した様子で言った。
ノアはこんなに悲しそうな顔をしているのに、ルークはとてもサッパリしているような、どこか冷たい何かを感じる。すべての事柄に対して、だんだん興味を示さなくなっているような気がする。助からない、と言う気持ちがあるのだろうか。戦争に行くことが分かっていて、どうなろうと構わない、そんな感情。
「簡単に言うなよ、ルーク。結構、それ言われたの悲しかったんだぞ?」
「だろうね」
「……」
喧嘩腰とは言わないが、どこか嫌な何かを感じる。
「ルーク、そんな態度取らないでよ。皆辛いのは同じなんだ」
ヘンリーはルークをそう言って説得でもしようとしたか、それでもルークの気持ちが変わることは無かった。
「……まあ、とにかくどうするか、だろ? ノアはどうしたいんだよ」
ルークは聞いた。
俺はそこでようやく口を開いた。
「話、聞いてほしいんだけど」
「何?」とノアは優しく聞いてくれた。
「ありがとう。昨晩、僕はミカエルさんを呼んで質問してみたんだ。戦争に行きたくないし逃げたくもない、って。そうしたら」
昨晩の話を事細かに説明した。
四人とも真剣に話を聞いてくれた。
嘘なんかつかず、ちゃんと自分の言葉で話した。
嘘をついても無駄だと知ったから。
嘘をついても、自分が後で傷付くだけだから。
俺が話し終えると、一瞬だけ静寂が訪れた。
「……ノアも言ってた通りだ。やっぱり、何かあるんだ」
オーウェンは納得したような、後ろめたい何かがあるような感じでそう漏らした。
「何かあるにせよ、やっぱり進んだ方が良いのかもしれない。だって、天使たちがついてくれるんでしょ? 守ってくれるんだよね?」
死にたくない、その言葉を言わずとも必死に訴えているようにヘンリーは言った。
そうだ。死にたくない。
もう二度と、辛い思い、悲しい思い、でたらめな感情が複雑に交差させながら俺は思った。このままでいよう、と。天使を頼りすぎるわけにもいかない。その為には、また“無駄な努力”をする必要があるかもしれない。「ルシフェルの塔」の時みたいに。あれはあれで充実していた。なら、もう一度繰り返せばいい。幸せだけをつかみ取りたいならそうする。無駄に足掻く必要なんてない。
「もう一度、繰り返せば……」
「繰り返すって?」
とノアが聞いてきた。どうやらぶつぶつと呟いてしまっていたらしい。
弁解など必要ない。説明すれば良いだけだ。
俺は今自分で思った事を精細に話した。
「確かに、そうなの、かな?」
「でも……」
優柔不断はいけない。
俺は直感した。
それと同時に立ち上がった。皆に視線が俺に注がれる。
「……もう一度、繰り返そう。強くなって意味があるかは分からない。けれど、やるしかないよ。僕らにはもう、手段なんて残されていないんだから」
たとえ施設の人間すべて死んだとしても。
たとえ俺らみんな死んだとしても。
やり切れば、良いんじゃないかって思えた。
そう思えたのは、彼らがいたから。
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