12―バルベリス

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12―バルベリス

 どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう。  全て、私の責任だ。  次々と人間が、天使たちが死んでいく。  悪魔たちの圧倒的な強さが勝った。  戦場に、ルシファーの姿はなかった。いや、“見えなかった”。       *  一年と言う月日はあっという間に過ぎた。  天から彼らを見守ってはいたものの、心の突っかかりは取れなかった。嫌な予感がする。確実に、予想されるよりも遥かに人間が死ぬ。天文学的な数字の被害額も予想される。どこかで防げたはずの戦争は、もう始まってしまう。  もう、始まってしまっていた。  大戦のトップに躍り出るだろう大きな国の一つが今動き出した。  海を渡って向こうにある大きな国へ全速前進、その途中にある島国が今回の戦場となる。  何かを奪い合うその姿はまるで駄々をこねる子供のよう、けれどそんな可愛い物では無い。その程度だったらどれほどよかっただろう。今回の大戦は規模の大きなものになる。歴史的に表舞台となるのがこの三国の大戦、裏では共和国側と合衆国側の後ろにそれぞれつき、共和国と合衆国が戦争するのに応じて後ろに属する国々も一斉に戦争が勃発。そうなれば、比例して規模が大きくなるに違いないと考えた。  もう阻止する事は不可能だ。だから、全力で彼らに力を託したい、天使の力を貸してでも生き延びてほしかった。  「我々も行くぞ!」  もう後戻りはできない。  カマエルが率いる十四万四千の軍と、一万二千の「破壊の天使」団は下界へ降りた。  私、この天使軍軍団長であるミカエルが、何十万、何百万と言う天使を引き連れ、下界へ降りた。数的にはこちらが有利だ。……だが、悪魔も劣勢ではない。ルシファーが力を取り戻した今、敵う相手かどうか怪しかった。こちらが劣勢だとしても、何としてでも悪魔たちを阻止しなければならない。  邪魔するものは切り捨てる。  それはこちらも同じだ。  下界へ降りると、既に戦争は始まっていた。  ノアたちはどこにいるのだろう。  ノアたちがいるだろうと思う場所を徹底的に探した。どこにいるんだ。ルシファーもいるのか。すべてが不安でたまらなかった。  山の上空を飛んでいる時だった。青い閃光、赤い閃光、そして白い閃光が(ほとばし)った。きっと施設の子供たちが戦っているんだ。  木の上に降り立ち、様子を窺う。  「やだ、やだっ、死にたくないぃ、死にたくないよぉ……ノア兄ちゃん!」  泣きながら敵に向かって赤い光線を向けた。けれど標的が定まっておらず、敵に当たることは無かった。敵は子供たちに走って向かってくる。見た所、共和国側の人間だろう。軍服に身を包み、腕には紋章を飾っている。向かい合う子供たちはまだ幼く、十歳に満たない位だ。それなのに大人と殺し合いをさせられるだなんて。  その直後、共和国側の人間の一人が発砲した。  すぐに頭が飛び、鮮血が木を彩った。  声にならない叫びをあげた残りの子供たちが一斉に杖を捨てて、逃げていった。しかしそれさえ適わず、残り数名の子供たちの頭は見事に飛んで行った。とても惨くて悲惨な光景だ。  冬の寒空の下、冬の植物たちと雪に覆われたこの山は、一体のほとんどを赤く染め上げてしまった。  今頃アズラーイールの手荷物本の中から次々に名前が消えていく事だろう。地獄の閻魔も今頃大変な仕事の山に覆われている事だろう。  見届けた後、再び上空へ飛び、天使軍団と共に悪魔たちの元へ飛び去った。  暫くして、一体の悪魔が見えた。羊の様な角を持ち、大太刀を携え、大きな悪魔の羽で宙に浮いている。バルベリス。バルベリスは人間を殺人に誘う凶悪な悪魔、悪魔の中では四天王にこそはいらないが実力派ではある。要するに、私の敵ではないと言う事だ。  カマエルを呼んできた方が早いか。そう思い、大天使の一人にカマエルに報告するように言伝を頼んだ。すぐに天使はその場から飛び去って行く。それを見送った後、私はバルベリスの行動を遠くから見守る事にした。しかし、彼はこちらに気付いたようだった。  「おお? これはこれは、ミカエル様ではないか。いつぶりだろうな、ルシファー様が堕天されてから何年たったっけ」  能天気な言葉を発した。  小さな王冠を頭の上に乗せている間はやけに大人しい。しかし、彼が豹変すれば、一割ほど吹き飛ぶかもしれない。それは避けたい。何としてでも、時間を稼がなくてはならない。  「千年以上は経ったよ、バルベリス。久しぶりだな」  「おお、そうかそうか。これは参ったなあ、冥界からやっと出て来れたのに、そんなに経ったのかあ。ルシファー様ったら、冥界の門を閉ざして出て行ってしまったもんだから、全く、開けるまで相当時間を有したよ。おかげで、ルシファー様の代わりを務めたあの堕天使が仕切っちゃってさあ、こっちとしてはいい迷惑っていうか」  よく喋る悪魔だな。  そこは昔から至って変わらない。元天使だったということもあって、なんだか悲しい気持ちになる。  「そうだ、こうしちゃあいられないんだ! 早くルシファー様の所へ行かなくては」  「待て、ルシファーは、今どこにいる?」  「ええ?うー、教えたくはないなあ。殺しに行くんでしょ? でもー、ルシファー様、今はお強いらしいから、大丈夫かなぁ。うーん」  優柔不断なところも変わっていない。  これは、いけるかもしれない。  そう思った直後、背後から凄まじい勢いで槍が飛んできた。長さはニ、三メートルにもなるだろう。こんな物騒な物を持っているのは他の誰でもない、カマエルだ。  「カマエル……」  言伝を頼んだ天使に礼を言い、列に戻ってもらった。  槍はバルベリスの頭部を貫通した。――だが、頭の上に乗った王冠を貫き、王冠を貫いた槍は王冠とともに山に落ちた。  そして、カマエルが姿を現した。  「嗚呼、久しいなバルベリス。お前が熾天使だったとき以来か、悲しいもんだな、悪魔になるだなんて」  カマエルは嫌味たらしくそう言った。  「……僕の、大事な王冠」  「うん? あー、頭に乗ったダサい王冠の事か? 悪いな、槍で射抜いてしまった」  「貴様……許さん、許さんぞぉー!」  バルベリスの怒りの沸点が頂点に達した。  彼の頭から蒸気のようなものが噴水のように吹き出し、その蒸気はバルベリスの身を包み込んだ。そして、それが晴れたと思うと、彼の姿は獰猛な牛の姿に変わっていた。牛の頭は(むくろ)がむき出しになっていて、目の穴から赤い光が漏れ出し、大きな悪魔の羽で、重い体を持ち上げている。体は牛だが、人間のような形をしていて、脚は蹄だが、手はしっかり指もある。そして筋肉質な体をむき出しにし、カマエルに突進した。けれどカマエルに突進が当たることは無かった。当たる直前に身を翻して避けたのだ。大きな角がカマエルに刺さりそうなほどの至近距離で、カマエルは槍を再び出現させ、バルベリスの心臓めがけて槍を突き刺した。  「ぐ、ぐああああああっ!!」  バルベリスは苦しみ悶え、灰と化して消えて行った。  天使たちは歓声をあげて喜んだ。  「さすがだ、カマエル」  「容易い事さ、ミカエル」  カマエルと拳を突き合せた。ただ、まだ祝杯をあげるには早すぎた。  急がねばならない。  早くノアたちを見つけなければ。  一番早いのは、ノアたちが念じてくれたら、だが。
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