14―裏切者のユダ

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14―裏切者のユダ

 まずい。他の三人はどこにいるんだ。  魔力がほとんど残っていないのだろうか、何も感じ取れない。  「ミカエル様!前方に強い魔力反応が!」  「何だと? ルシファーか?」  天使の一人の言葉によって気付いた。  誰だ? ルシファーより弱い魔力だ。  他に誰がいる?  「まさか、……いや、でも」  一人だけ思い当たる天使がいる。けれど、彼は、私が知っている彼は魔法が使えない、魔力も殆ど無いような貧弱な大天使だった。そして悪魔にそそのかされ、裏切者とされて堕ちてしまった今は堕天使となった。  名前は――。  「ユダ、……ユダなのか?」  「ミカエル様、お久しぶりですね。いつぶりでしょうか。私、ルシファー様に褒められて、いっぱいがんばりました」  彼の中には二人の子供がいる。幼い少女と幼い少年だ。  今の彼の中には、幼い少女が目を覚ましている状態だ。  「ユダ、どうしてこんなところに?」  「ルシファー様のお手伝いに来ました。いっぱい悪魔を連れてきました。でも、ルシファー様は喜んでくれませんでした」  「……」  物悲しそうな声色で呟いているが、表情は全くの無表情だった。  表情が消えている。  彼の心は消えているも同然だった。  ここ数年の間、冥界で何があったんだろうか。  「ユダ、ルシファーはどこにいる?」  「教えません。殺されちゃいますから」  「答えろ」  「嫌ですってば」  「答えなければ、無理にでも吐かせてやろう」  そう言った矢先、ユダの後ろに一人の天使が現れた。それはウリエルだった。炎の纏った赤い剣を携えている。  「ミカエル様、こいつを苦しめればいいんですか?」   「ああ、問題ない」  ユダは微動だにしない。  ウリエルは羽を上手く使い、一瞬にして間合いを詰めた。剣を振り翳し、殺意に満ちた目でユダを睨みつけた。そして、振り下ろす――ユダは消えた。ユダは瞬間移動したように、私の後ろに同じ格好で浮いていた。俯いて、焦点の合わない目をしている。  「ルシファー様の邪魔はさせません」  黒く染まった天使の羽根、黒く変色した光輪、白髪にベージュのメッシュ。ユダの特徴的な見た目は忘れることは無い。けれど、そんな特徴的な見た目であるにもかかわらずほとんどの人が彼を記憶から抹消していた。それは何故か。  彼の周りに黒い何かが漂い始めた。中を覗き込もうと近付けば確実に何かが起こる、殺されると直感した。  「なんだ?」  ウリエルの攻撃をかわし、且つ、壮大な魔力を使って自らを守ろうとしている。すべてはルシファーの為に。  「ルシファー様の為、ルシファー様の為」  不気味な声でユダは呟いている。  「ユダ……?」  黒い何かは一瞬にして四方八方に飛び散った。いや、攻撃してきた。周囲に針のような形に変形させ、敵味方問わず攻撃する武器となった。  私の天使軍のほとんどがその攻撃によって心臓を貫かれ死んだ。  ユダが指示をしているようには見えない。俯いたままこちらを見ないで攻撃している。無意識のうちの攻撃だろうか。だとしたら、それは彼の中の何かが暴走しているとしか考えられない。止めなければユダは死ぬ。  「ウリエル、何とかできないか?」  「いや、私には無理です。近づけません」  どうする?  どうすればいい?  私の武器だとしても接近戦だ。  すると、ユダとは違う(おぞ)ましく、禍々しい強大な魔力を感じた。  ルシファーだ。  「久しいな、ミカエル」  私に向かって飛んできながら、ルシファーはユダを弾き飛ばした。直接的な攻撃ではなく、ユダに向かって手を伸ばし、その瞬間ユダは弾き飛んで森に落ちてしまった。その瞬間、ユダは泣いていた。  「あえて光栄だ」  「私もだ、ルシファー」  適切な距離を保ちながら、睨み合う。ウリエルは私の後ろへ飛んだ。  「ルシファー、貴様は何を考えている?」  「簡単な事だ。私は支配する。この世の全てを、だ」  傲慢な。  醜悪で、  史上最低の悪魔。  そして、冥界随一の悪魔の王。  その体は数年前に見た時よりも大きく変化していた。  大きな悪魔の羽が六枚、黒く輝く光輪、大きな黒い剣を携え、長い髪を揺らしている。  「貴様……ここで成敗してやる。貴様を殺し、決着をつける!」  「ふん、できる物ならやってみるがいい。今の私は強いぞ」  私は青い炎の纏った剣を鞘から抜いた。  (くう)を蹴り、ルシファーの黒い剣と衝突し、金属音が鳴り響く。  ぎりぎりと音が鳴り、弾け後方へ飛んだ。ルシファーは剣を振り翳し、私の首元を狙って振り下ろす。だが私を守ろうとウリエルが赤い炎の纏った剣で、ルシファーの黒い剣を受け止めた。  「貴様……!」  「ミカエル様の首は私が守る!」  ウリエルはルシファーを押し返した。  すると突然、先程ユダが落ちた周辺の森一帯が全て黒く澱んだ空気に呑まれた。  草木は枯れ、ユダはゆっくりと空へ上がっていく。  莫大な魔力を噴出しながらルシファーの目の前まで来た。俯いたまま、大きな羽を広げて宙に浮いている。  「ルシファー様」  「なんだ、貴様は? そこをどけ。邪魔をするならば貴様から討つまでだ」  そういって剣を構えた。だが、ユダには通用しなかった。ユダを取り巻く黒く澱んだ霧状の何かはルシファーの首を包み込み、ぎちぎちと音を立ててどんどんめり込んでいく。  「ぐっ、き、貴様ッ……!」  「……ルシファー様、僕は、うれしかったのに。僕を認めてくれたと思ったのに。どうして、僕を突き落とすの?」  ルシファーの首は今にも千切れそうな勢いだった。  殺意に満ちた眼差しでユダはルシファーを睨んだ。  仲間から嫌われた挙句、悪魔にそそのかされてしまったユダは裏切り者として突き落とされてしまった。そんなユダを拾ったのは紛れもないルシファーだった。優しさを初めて知ってしまったユダはルシファーに尽くした。たとえ「奴隷」として拾われたとしても心から望んでいるようにいつも笑顔で接していた。  ユダに優しくしてしまったのが間違いだったのだろうか。  落ちこぼれだったユダを囃し立てた仲間か、或いはそそのかした悪魔か。  彼自身に罪はなかった。  なのに、罪をまた重ねようとするユダを見て、私はどうする事も出来ず、ウリエルも、その場で呆然と立ち尽くしていた。  ルシファーの首は、音を立てて飛んで行った。その途端、千切れ目から大量の魔力が放出された。浄化せねばならない。ルシファーの魂ごと殺さなければまた繰り返されるだけだ。  我に返り、私はルシファーの魂を消そうと剣を構えた。だが遅かった。  「なっ……」  ルシファーの体は消えた。  どこへ行ったか分からず、手当たり次第に探す事にした。ユダの目からは涙が溢れ、零れ落ちている。  「……るし、ルシファー、様。な、んで?」  自分がしてしまった罪、そして自分の今の状況を理解できていない様子だった。  彼の身にまとわりつく黒い霧状の何かは消えていた。  それはきっと彼の殺意、憎しみなどが入り混じり、膨れ上がった魔力が暴走した物だったのだろう。彼はもともと魔法が使えなかった。だから、コントロールが出来なかった。  ウリエルに頼み、ユダを保護し、天使軍の生き残りとして、私はルシファーを探しに行った。あてはない。  ――いや、ある。  今、ノアたちはどこだ?
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