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15―廻る
ノアが死んだ。
私が上空を飛行している間に冷たくなっていた。――嗚呼、何と言う事だ。ミカエルになんて言えばいいんだ。
ノアたちのいた施設についた。教会へ急ぎ、彼らを横たわらせる。しかし、もう遅い。
「……ノア君、ごめんよ」
苦しかったろう。
辛かったろう。
彼らは、こんな過酷な人生を二度も経験する羽目になるとは、神も理不尽なものだ。そんな神に従わなければならないだなんて。しかし、反逆したい訳でも無い。これは、仕方が無い事だった。そう思うしかないんだ。
「ラファエル」
「ああ、死んでしまったみたいだね」
飛行中にオーウェンは気絶していたのだろう。目を覚まし、事の重大さに気付いた時。ノアの手を取り声を上げて泣いた。
ラファエルは無理だと確信しながらも、否、オーウェンを癒そうとしてだろうか、胸の前で手を組み魔法をかけている。
けれど、魔法が効くはずも無い。
何度聞いても、人間の悲しむ声は聞きたくないものだ。
そこに、ただならぬ気配を感じた。邪気を感じる。黒く濁った、殺意に満ちた強大な魔力。
「ルシファー?」
「なんだと、ルシファーだって? ミカエルが打ち取ったんじゃ……」
「あれぐらいで私が死ぬとでも思ったか?」
大地に響くような低い声が教会で反響した。
「まさかユダにやられるとは思わなかった。だが、まだ私は生きている。これはサマエルの分だ」
どういう事だ?
サマエルは死んだはずだ。
――まさか。
「ふん。サマエルは私の中にいる。一心同体と言う事だ。分かるか? 文字通り、“一心同体”だ」
サマエルはもともとどちらでもなかった。
天使にもなれるし、悪魔にもなれる存在。
だから色々な事が出来た。
「ルシフェル塔」の件の時も、彼はすべてを担っていたはずだが、ルシファーの指示でほとんど動いていた。
彼の意思で、すべてを終わらせた、天界戦争。
彼はどちらでも無かった。だが、彼を怒らせたとき、ルシファー以上の力を発揮する。元々持っている強力な魔法を、増幅させ、より強力になる。彼を敵に回すととても厄介だ。
それが、最悪の事態。
今がその時だ。
「何と言う事だ……」
「サマエルと共に堕ちた時からそうだった。だが、天界戦争の時は驚いたな。まさか自分から死ぬとはな。だが、ほとんど計算通りと言っても過言では無い。少しの犠牲はつきものだからな。まあ、私はある時確信した。それはノアたちの夢にサマエルが出てきた時の事だ。アイツは生きていた。“概念”として生を残し、最終的に私に加担した。素晴らしい、実に素晴らしいぞサマエル! やはり相棒は、サマエルだけだな」
そう誇らしげに語っているルシファーの後ろにはサマエルの影が見えた気がした。
一心同体。
その通りなのかもしれない。
彼らは似ていた。姿かたち、魔力の大きさ、魔法の強さも。
「さあ、始めよう。殺し合いはまだ始まっていない」
*
教会、――いや、まさか。
一筋の希望を抱いて、私は教会へ急いだ。目指すは、ノアたちのいたあの施設の教会。あそこしかない。
しかし見渡す限り血の海、残骸、死体の山。
これが地獄と言わずしてなんていう。
惨い事をする。カマエルは大丈夫だろうか。
他の天使たちが心配でならない。――嗚呼、自分が非力で無力で、守るべきものが目の前にあるのに守れなかった。そう思うだけで凄く弱気になってしまう。
だめだ。
私まで気を強く持たないでどうする。それこそ本当に誰も守れなくなってしまう。
私は天使軍軍団超大天使ミカエル。
神の座の元に、ルシファーの首を必ず。
教会に着いた。
教会は、――先程と景色はほとんど変わっていなかった。
血の気が引いていくのが分かる。
手が震える。
駄目だ。現実から目を反らすな。これが、――運命だ。
ガブリエルの、西の教会へ進んだ。
「あ……、が、ガブリエル? それに……」
ガブリエルとラファエルは倒れていた。
それに、ノアも、オーウェンまで。
私はノアに駆け寄った。ノアは、既に死んでいたようで死後硬直が進んでいる。オーウェンはまだほのかに体温が残っているが、脈はうっていない。ラファエルからもガブリエルからも魔力を一切感じない。
どうなっているんだ?
まさか――。
「そのまさかだ、ミカエル」
「る、ルシファー……貴様、」
「ふふ、……ふ、あっははははははははッ!! あーっはははははは!!」
「……」
どうして、生きている?
何故、首までついている?
先程、あれは一体何だったんだ?
「ミカエル!嗚呼、ミカエル!良い表情だ、その顔! 絶望に満ちた醜い顔だ。美しい大天使のはずが台無しだぞ? 嗚呼、そうだ。私の方が数千倍美しいがな!」
頭が、理解が追い付いていない。
「ミカエル、つまらんぞ。もっと喜べ、私は生まれ変わったんだ。サマエルの力によってな! 嗚呼、感謝しているぞサマエル! あっははは、あっははははははッ!!」
ルシファーは暫く優越感に浸っている。
ご満悦な様子だ。
私は膝から崩れ落ちた。
手で顔を覆う。
無意識だが、目からどんどん溢れ出てくる涙が止まらない。
仲間が沢山死んだ。
人間もたくさん死んだ。
まるでノアの箱舟、――自分だけ助かったような気分だ。最悪な気分だ。
気持ち悪い。
「……ルシファー、楽しいか?」
「うん? なんだ」
「こんな残酷非道、最低最悪な残虐行為。戦争って楽しいか?」
「楽しい、かだと?笑わせるな。私は決して楽しいという感情で以てこんなことはしていない。私はただ、この感情に浸りたいのだ。優越感と言う名の、な」
自分が全て。
この世で一番は自分。
そう考えているのがルシファーだった。
熾天使の頃だってそうだった。
そういうやつだった。
でも、今は違う。
そんな可愛い物では無かった。
「お前を、殺す……殺してやる」
魂まで、すべてをこの世から消し去る。
「ほお? そんなことが出来るようには見えんな」
たとえこの身が滅びようと、決して現世に残してはいけないから。
「死ねーッ!!」
青い炎の纏った剣を鞘から抜き、ルシファーに切りかかった。
時代は繰り返す。
ずっと、いつまでも。
人間が信仰をやめない限り、神は存在し続け、創造し続ける。
時代は繰り返す。
悲しき、辛き人生も、楽な楽しい人生も、バランスを保って想像された愛おしい創造物。
死んだら最後。生きるのが始まり、そんなことは無い。
自分が死んでも、また誰かの代わりとしてまた新たな魂がその体に吹き込まれるだけだから。
「イザヤ、この子は、イザヤよ」
褐色の肌、桜色の長い髪の母親。痩せこけて今にも倒れそうな彼女は、大事そうに自分と同じ肌で同じ髪色の男の子を抱いていた。とても愛おしそうに。
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