06―近未来

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06―近未来

 「の、ノア?」  オーウェンは恐る恐る声をかけた。  「何?」  「どうしたの?」  「別に」  こんな冷めきったノアは初めて見たな。面白い。  「何なんだよ、ノア。言ってみろって」  ルークがノアの様子を見て少し苛々しているようだ。ノアはそれに応じて、一呼吸おいてから話し始めた。話すというより、自問自答のようにも聞こえてきた。  「……あのシスター、いや、もしかしたら先生も何かあるのかな?さっきのレオの話もそうだし、普通じゃない、気がするんだ」  これまでの話に“先生”の話は出てこなかったが、先生とて「施設」の人間。きっと裏があるだろう。教会の件も異常に天使に執着しているようにも見えた。シスターはただ報酬目当てで働かされている人間、そして先生は宗教的目的でここで働いている、と推測した方がいいだろう。  「僕もそう思うよ。先生、夜な夜な教会に出向いてるみたいで、外を歩いているの見た事あるよ」  「レオはよく見てるんだな」  そう言ってルークはレオの頭を撫でた。「えへへ」とレオは嬉しそうだ。  「……少し気になったんだけど」  とオーウェンは躊躇いながら言った。  「もしかして、魔法を覚えさせるのも何か目的があるのかな?」  「どうしてそう思うの?」とノアは聞いた。  この中で世の中の事について知っていそうな人物が二人いる。オーウェンとレオだ。二人の読む書物のほとんどが論文めいた文集ばかり。分厚い本をよく読んでいるのを見かける。一番好奇心が旺盛だと思うのはレオ辺りか。レオは何に対しても興味を示す。周りをよく見ているのはそう言った理由からだろう。常に新しい発見をして楽しみたいのではないだろうか。十歳と言う齢でも、まだまだ子供だと言う事だ。  「だって、ボクが読む本のどれも、魔法なんてファンタジーの世界だけだって。それに、魔法なんて使ったら有罪なんて話もあるんだよ。現実に近い物語を読んでいるとね、そう言う話が多いの。魔女狩りとかっていう話もあるくらいだし。魔法使いっていうのはね、処罰の対象なんだよ」  十二歳くらいの子供が言うような言葉の羅列では無いと感じた。  生身の人間が魔法を使う事は禁忌とされる。何故かというと、簡単な話で、神に近づくことが許されていないからだ。その昔、塔を作って神に近づこうとした愚かな人間が大勢いた。それによって神は怒り、塔を崩壊させた。よくある話だ。それと同じ事で、魔法は何でもできる代物ではないが、使いようによっては神、ましてや天使と同じような事が出来てしまう。それは断じて許されない行為。それが神の支配下にある人間がなしてはならない。  「その通りだ、オーウェン。よく読んでいるんだな」  「うん」  「本当の話なの?ルシファー様」  「無い話ではない。神話によくある話と言うだけだ。神や天使の存在を信じる信者共が考えた妄想だ。しかし妄想だが虚言とも言い切れない。実際に神に近づこうとしたものを見た事がある。本と言うのは、モデルがある話も存在するから、一概にも嘘とは言えないのでな」  「そう、なんだ」  子供には難しすぎたか。  「まあ、要は魔法なんて人間ごときが使っていいものではない、と言う事だ」  「でも、じゃあどうして?」  これから起こる事を、こんなに幼い子供に話していいものだろうか。  戦争とは無縁でしかるべき存在。  魔王ではあるが鬼ではない。子供を戦場に向かわせることなど、……そうではないか。人間の中には悪魔と同じような考え方を持つものがいるだけの話だ。簡単な話。少しでも軍事力を高めようと必死なんだろう。  「ルシファー様?」  「……話そう。これからの事を。そして予想される結末を」  私がそう言うと、彼らは生唾を呑み込んだ。  「話、って?」  「結末って何?」  「……これからのこと?」  口々に疑問が飛び交う。  私は冷静さを保ち、彼らに話した。  今、現在の話と未来の話を。  時は20××年、いくつかの戦争を乗り越えたこの国では、色々な問題を抱えていた。しかし戦争に負け続けた結果のこの様で、政府は追い込まれていた。そこで政府に直属したある人間がとある宗教の信者だったこともあってか「天使の力を借りて戦争に勝とう」と言い出した。それしか方法が無いとみたか、政府の人間は国のほとんど廃村のような場所の山を施設と化し、孤児院と称して子供たちを招き入れた。子供たちは神聖な人材。聖徒と呼ばれ、神聖な名前を付けられ、義務教育で習うものよりも大事だと言って宗教的授業や体力づくりのための体育、そして「魔法」の授業をした。生きる為に必要な授業のほとんどは行われることは無かった。  近い未来、そこで成長した子供たちは、軍の兵器として使われる、いわば「奴隷」のような扱いになるだろうと予想される。読み書きはほとんどできない、戦うだけの道具として。先頭の為だけに育てられる子供の多くはきっと死ぬだろう。戦場で生き長らえる事はきっと多くはいない。ましてやこの国の歴史を辿ればわかる事だが、国の為に死ねと言うだろう。そんなことでこの施設で育てられる多くの子供は国の為に死ぬ。いや、“殺される”だろうと。  そんな話をした。  子供には酷だろう。しかし、隠しても仕方が無い。いずれ分かる事だ。  私は長い間旅をしていた。その間に分かった事だ。一度他の悪魔とともに国の心臓部分である政府に侵入していた。そこで得た情報も交えて、かいつまんで話した。  ノアたちの表情は暗かった。レオなんかは今にも泣きそうだった。  「……本当なの?」とノアは聞いた。  「ああ、間違いないだろう。私が言うのだからな断言してやろう」  「そう……か、でも、じゃあなんでオーウェンやレオは読めるの?」  「オレが教えたからさ」  「ルークが?」  「“記憶を取り戻した”って言ったろう?オレは遠い過去の記憶だってあるんだ。だから字は読める。書けないだけさ」  「そうなんだ、じゃあヘンリーも?」  「うん、読めるよ」  彼らはきっと特別な何かなのだろう。  天使たちは何がしたいのだろうか。また戦争をしたいわけでは無いだろう。ここまでして、何を為そうというのだ。  「勘違いしないでほしいが、これは遠い未来の話ではないぞ」  「近い未来?何十年後とか?」  「そこまで正確には分からんが、すぐにやってくるかもしれないな」  と少し意地悪くいってみた。  「脅かさないでよ、怖いって」  「本当の話だと言ったろう。現実を見据えろ、よそ見をするな。貴様らはもう後戻りできないんだ」  「……」  私がそう言うと黙り込んだ。  「……そう、だよね。きっとみんなが魔法使えるようになった時点で、きっと……」  ノアは悲しそうな表情で言った。  人間は弱い物を従えさせたり、下に敷く事を好む。きっと施設の人間だって、そうやって生きてきた。これからもずっとそうだろう。彼らを見て育つ子供たちはいったいどんな成長を遂げるんだろうか。きっと悪魔の出番はこないだろう。それほどひどく荒んでいる。無理やり自分の言いなりにさせて、言う事が聞けない子供には罰を与える。そうやって教育させられてくれば、いざ自分が教える立場、育てる立場になればその教育しか知らないのだから無理はない。けれど、この五人はきっと変える事が出来るだろう。未来は変えられない。けれど、自分たちの考えや自らの未来をほんの少しでも変える事くらいはできるだろう。  少し気になって来た。彼らの成長した様を、見届ける権利が私にはある。
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