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07―夢
暗闇に一筋の光が差し込んでいる。周りに壁や床もない空間を、光に向かって突き進んだ。すると、十二枚の翼を持った天使が光の中から現れた。とても美しい天使だった。天使はおれを手招き、こう言った。
「我が名はルシフェルの友、サマエル。お前に全ての記憶を授けよう」
言い終わるか否かの瞬間、俺の頭に電撃が走った。そしてごちゃまぜになった色々な“記憶”が頭の中を駆け巡った。凄まじい痛みと高揚感を覚えた。その記憶では、「イザヤ」と呼ぶ女性の声、次に少年の声が聞こえる。次の場面で血まみれの自分の手とナイフ。また場面が切り替わり、自分の手には一つのパンが握られていて、後ろにコックのような姿の男性が追いかけてきている。次の場所は街とは呼べないほどの薄汚い場所だった。先程自分の名前を呼んだ少年にパンを一つ分け与え、自分はその後餓死した。死んだ自分は未練があるのかその場から動こうとしない。すると、どこからかマスクとフードで身を覆い隠した人が来た。ラクダのような動物を引き連れ、「おれ」を連れてどこかへ消えた。次の場面では、知らない場所にいた。そこで色々な事を教えてもらったり、仲間と出会ったり、時には笑い合い、言い争いもした。悪魔の操り人形だと知って、それでも構わない。そこで幸せに仲間と共に暮らせるのならそれで良いと思えた。そう思っていた。敵だと言われていた天使とは、結局一緒に天界へ行くことになり、おれたちの神前裁判は行われた。そうして何年も月日が経ち、今のおれが生まれ、次第に記憶は薄れ、前世の記憶はほとんど消さって今に至る。
これですべて納得した。天使の言っていた事も、かくれんぼの時に見たきれいな女性も全部つながった。
おれは、元は「イザヤ」で、オーウェンは「エリーザ」と言う女性、だからあの時見た女性はエリーザだったんだ。記憶の中にいつも映っていたきれいな女性。オーウェンの記憶は消えていないのだろうか、とふと疑問に思った。オーウェンはいつもおれに付きまとう。本人に聞かなければ分からない問題だが、少しモヤモヤする。しかし、他の三人は変わりすぎていて前世とあまりつなげる事が出来ない。けれど、唯一ほとんど記憶と変わらない部分がある。それは、顔だ。ルークやヘンリーは瞳の色が記憶の中の、梓豪と比奈に似ている。レオは髪が長くて一目では分からないが、顔立ちはチャーリーと似ている。瞳の色も女性のようなきれいな顔立ちもとても良く似ている。おれの場合も、髪の色や瞳の色が酷似している。オーウェンだってそうだ。顔立ちも瞳の色も、銀色のきれいな髪もほとんど変わらない。
そういうことか、と納得したところで夢から覚めた。長い夢を見ていたような気がした。夢でで手に入れた記憶は夢から覚めてもなお健在だった。サマエルと言う天使は物凄い力を持っていたのだと言う事がこれでよく分かった。
「ノア」
オーウェンの声だ。
「おはよう」
「うん、おはようオーウェン」
オーウェンも見たのだろうか。と少し気になった。
「二人ともおはよう」
次にレオが起きたようだ。
「あれ、どうしたの?その髪」
レオの長い前髪は後ろの方にヘアバンドで固定されていた。きれいな顔が露わになっている。
「記憶が戻ったんだ。ノアたちもそうでしょ? 僕は最初からこうすれば良かったんだって気付いたんだ。天使サマのお陰かな」
レオはそう言って笑った。その笑顔は記憶の中にいたチャーリーの悪戯っ子の様な笑顔で酷似していた。レオの急激な変化にいつの間にか起きていたのか、ルークとヘンリーが感嘆の声を漏らした。
「うわぁ、……あの泣き虫なレオが変わっちゃった……」
「すごい変化だなあ、これがイメチェンってやつ?」
その驚愕しているさまを見てレオは不敵に笑った。
「本当の自分は臆病で泣き虫だった。それは、前世の自分の“本当の自分”が今の僕だから。だから、僕は前世の自分が理想として描いていた生き方で生きてみようと思うよ」
前世の生き方から学んだ、そしてそれを通して今がある。それはおれも同じだ。二度とあんなに悲しい人生を送らないように、自分を護るように。
皆記憶を取り戻したようだ。けれど、今までと変わらない生活を送った。ただ、ほんの少しだけ大人になった気がした。
それから、二年と言う月日が経った。おれは施設で最年長である十五歳になった。それで気になった事は、よく外出をするルシファー様から国の現状を聞いた。彼によると、戦争はもう間近に迫っているらしい。早ければ、来年。まだこんなにも幼い体で、戦場に行かなければならなくなるとは、神も理不尽極まりない。ミカエルさんはこれを、この結末を望んでいたわけないだろう。なら、どうしてこんな人生を、二度目の人生を送らなければならないのか。この疑問を解決できる方法が一つある。そうだ。聞けばいいじゃないか。今、この部屋にはおれとルシファー様しかいない。オーウェンたちはちびっ子たちの面倒を見に外に行っている。
教会の外でも、念じれば天使は降臨できる。そんな話を前に耳にした気がした。おれの使える魔法は、「白」だ。ガブリエルさんをここに呼ぶ事が出来る。彼なら分かるだろうか。
物は試しと念じてみた。すると天井から白い靄のようなものが出現し、その中からガブリエルさんが現れた。すた、と床に足をついた。
「おや、これはこれはルシファーではないか。本当にそんな姿になってしまっていたのか。しかし、久方ぶりだね、ノア君」
「ふん」とルシファー様は不機嫌そうだ。
おれはガブリエルさんと握手を交わした。
「どうしたんだい?」
「聞きたい事があるんだ」
「私の知っている事なら教えてあげよう」
おれは単刀直入に言った。
「天使や神様って、人間の幸せを願っているの?」
おれがそう言うと、ガブリエルさんは困ったような顔をして、一呼吸おいてから話し始めた。
「ふむ。そうだね、必ずしもそうとは限らないよ。人間とは善いバランスを保っているからね。良くも悪くも。ただ、私天使は神に従う従者で、反抗するならどうなろうと関係ないと思っているような野蛮な輩もいる。良い方には助言をするし、悪い方には制裁を下すのが私たち天使の仕事であり背負わされた任務だ」
とそう言った。
善悪はあまり関係なく、神の従者としての使命を果たす、ただそれだけの事。それが、天使と言う存在である、と。
「ミカエルが君たちを転生へと導いたわけだが、この結果になる事は神しか知り得なかったんだ。どうか責めないでほしい。良かったともとれるし最悪だと感じられる事だろう。けれどこれは、生きるという事は試練だと言う事を忘れないでいただきたい。信じていいのは自分と、見守ってくれ、たまに助言をくれる守護天使だけだ。私は君の守護も担う事が出来るし助言も出来る。私の事を信用してくれていいよ」
ガブリエルさんは優しく微笑みかけた。この人の言う事はいたってシンプルな事だった。神が自分の都合のいいように決める事も出来るけれどそうでは無くて、きちんと人間に対して飴と鞭の使い分けをしているというところ、天使は神の言う事や決めた事にただ従うだけ。天使の感情というものが汲み取られる事は断じてない。
ガブリエルさんは悲しいような声色でまた話し始めた。
「戦争はいつの時代もなくならないものだ。私はそれが悲しくて仕方が無いよ。大切な自分だけの人生を、君は自分で決める“権利”がある。もし君がこれ以上の事を知っていて、ここから逃げ出すと言えば私は助けよう。君を死なせたくはない」
そう言っておれの手を取った。おれはガブリエルさんの手を優しく解いた。
「逃げないよ。前世みたいに抗ってみせるさ、何としてでも」
「そうか……期待しておこう」
そう言って苦笑した。
ガブリエルさんは白い靄の中に消えて行った。
そうだ。おれは人生に、運命に抗う。そうやって前は生きていたんだ。
この事をオーウェンたちにも話そう。この事をきちんと知らせなければならない。そして一緒にこの先の事について話し合うんだ。
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