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09―預言者候補
五月中旬、珍しく外に出て、本を読んでいた。年下の子供たちの面倒もついでに見ようと思った。すると、先生に呼び出された。先生から呼び出しがあるのは珍しい。
「何ですか、先生」
「君に話があるんだ」
そう言って静寂に包まれた教室に移動し、先生と向かい合って座った。
何の話を持ち掛けられるのか、何も想像がつかなかった。何故なら先生とは授業以外で殆ど話さないから。
「単刀直入に聞こう。君は、天使と直接会って話をしたよね? 今年に入ってから」
「はい」
「そう。何の話をしたんだい?」
「言えません」
「どうして?」
「黙秘します」
どうしてガブリエルさんの話になるのだろう。何か関係でもあるのだろうか。おれが黙秘すると言ったら、ぎょっとした顔をして、黙り込んだ。
「……そうか。じゃあ話を変えよう。君は白い魔法使いだ、そうだよね?」
「はい、そうですけど」
「ということは守護天使はガブリエル様だね。その事についてだ」
「……」
何か企んでいる。そうとしか考えられない。おれはルシファー様から聞いた情報しか知らない。けれど、相手――先生の方がおれよりもずっといろいろな事を知っていると言う事。例えば、おれたちの情報や戦争や世間、あるいはその戦争の攻略方法とか。施設の人間だから、この施設がどうなるか、子供たちがどうなるかくらい知っているだろうし。何か企んでいるとしか思えなかった。
「ガブリエル様はどういう天使か知っているかい?」
「はい、神の預言を人間に伝える役目を担っている、と」
「知っているのか?……そうか、なら話は早い。君には、その預言者となってもらいたいんだ」
「……は?」
預言者になる?
おれが神の言葉を授かって、それを人間に伝える役目をしろと言う事か?
それで、この国の状況が変わるとはとても思えない。
それに、どうしておれなんだ?
他にも白い魔法使いはいる筈なのに。もしかして、あの時に接触したことがばれて、おれが預言者に?
有り得ない、有り得ない、……おれが預言者なんて、笑わせるな。
「本当はこの施設にいたイザヤと言う少年が候補だったんだ。けれど、亡くなってしまってね」
「……はぁ」
だからおれなのか?
どうして、どうして前世と変わってない?
またおれは操り人形になるのか?
ここで抗わなくてどうする。頑張れ、おれ。汚い大人に負けるな。おれはいつだって前を向いて生きてきた。生前もその後も。折れたらだめだ。
また仲間に助けてもらうのか?
今度こそおれが助ける番ではないのか?
そうだろ。おれは今度こそ足手まといに何かなるものか。あの時は梓豪に助けてもらった。けれど今度はおれが皆を前に引っ張る番だ。
「嫌です。おれはやりません」
きっぱりと言うんだ。
はっきりと言うんだ。
意志を、強い意志を持つんだ。
「な、……そんな。そんな事を言わないでおくれよ、君を頼りにしているんだ」
「そんな事言って、イザヤって子の事も追い詰めたんでしょう? そんな責任重大みたいな役割を子供にやらせるの? 現実を見てよ先生、今更神様に頼ろうっての?」
今までおれは先生やシスターに反抗したことなど一度もなかった。
意見を言った事だって一度もない。
だから、先生は今おれに怯えている。ずっと黙ったままだ。
「……ノア君、君は」
「おれは皆を死なせたくない。だけど、預言者なんて絶対嫌だ。やりたくない」
「皆を死なせない為の役目だと知った上でそう言うのかい?」
「だって、預言なんて聞かなくたって運命は決まっているんでしょ? ならそれ通りにすればいいじゃない。どうせ意味なんかないんだから」
「意味はあるぞ、ノアくん!どうしたんだ、急に人が変わったように。私は君の、君たちの事を想って言っているんだぞ!」
「それは誤りだよ先生、政府から言われてるんでしょ」
「なんで、それを?」
「知ってるから。戦争の事も、この施設の事だって。細かくは知らないけど」
「……もう終わりか、この施設も。我々も」
先生は熱が冷めたように、肩を落として俯いた。そこに、おれの後ろからルシファー様が来た。ルシファー様はおれの肩に乗っかった。
「とても愚かな人間だ、国を運営する人間なら賢いと思ったが。そうではなかったようだな」
ルシファー様がそう言うと、部屋中を明るく照らす光に包まれ、やがて漆黒の靄に包まれて人型に変わった。これがルシファー様の本当の姿だ。とても神々しく美しい。
「ふん、人間。貴様はもう、負けだ」
先生の額に手を当てると、同時に何かを握りつぶすような音が聞こえた。
「あ……ぁ」
「永遠の痛みに怯え、苦しめ人間。貴様は私の邪魔をした。よってここで処すことにした」
先生は痛みに悶えている。苦しいのか床に這いつくばり、体をくの字にさせて痛みに耐えようと必死に足掻いている。けれどそれも無意味だろう。先生の目頭に涙が浮かんでいる。口から泡を吹き、死ねない激痛にもがき苦しんでいるさまは、とても痛々しかった。
「私の邪魔をするなよ人間。所詮、ノアの敵だがな」
「どうして、こんなことを?」
「どうしてだと? 簡単な事だ。私の理想とする結末の邪魔をしようとしたからだ。私は誰が死のうと構わない、だが私の邪魔をするものは断じて許さん」
「そう……たとえ、仲間であっても?」
「仲間だと? 惚けるな、貴様と仲間だと言いたいのか?」
「え?」
「私は悪魔だ。悪魔が仲間だ。他に仲間はいない」
「じゃあ、おれとは」
「貴様はただの使い勝手の良い魔力タンクだ」
「タンク……って、じゃあおれは、道具?」
「所詮道具に過ぎない。人間同士でもそうだろう?」
「……そうかも、しれないけど」
「貴様の魔力はとても美味だ、ミカエルの魔力も少し混じっているようだしな。滾るものがあった。だが、まだ貴様に憑りつかせてもらうぞ。完全ではないからな」
そう言って、また元の火の玉の姿に戻った。
「やはりこの方が動きやすいな」
「……」
ルシファー様は、おれを良いように使ってたっていうだけで、おれだってそうだ。ルシファー様を良いように使っていた。同じ事じゃないか。何を動じることがあるんだ。所詮悪魔だ。自分が都合のいい人間を選ぶに決まっている。人間も、――おれも、同じなんだ。
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