05―把握

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05―把握

 サマエルから情報は教えてもらっていたので彼らの事は大体知っていた。よく視察に来ていたイスラーフィールから気になる人間の情報を聞き出し、把握している。それを元に思った事がある。あの五人組は転生後のルシフェルの友。そしてそれぞれ、前世の“本当の自分”だと言う事。転生前は張り詰めた空気、出逢ったばかりの戦友としてまだ信用しきれない部分があっただろう。自分を嘘吐きだと言っていたチャーリーが分かりやすい例だ。彼は本当はとても臆病で泣き虫な少年だった。仲間思いで優しい、だから過去にもあった通り、「友達」には本当の自分でいられたのだろう。けれど自分の思う怖い場面に差し掛かれば防衛術として嘘を吐いた。それが仇となってしまったわけだが。それが転生後は記憶もほとんど残っていなくて、本当の自分でいられたと言う事か。だとしたら、今後彼らの夢にサマエルが現れた場合、本当の自分でいられるか不安だ。私からすればどちらでもいいが、気がかりではある。私も最近おかしい。何故人間に同情しようとした? 人間を陥れる存在だと言う事を忘れたか? それとも、サマエルの心の浄化がこちらにもうつったのだろうか。それは勘弁してもらいたい。戦争まで何年も無いだろう。その戦争で天使どもをうつんだ。私を殺そうとした事を後悔させてやる。  ノアのベッドから這い出て、人型に戻れたことを確認した。しかし、これも一時的な物。私には魔力があまり残されていない。だから、魔力確保のため誰かに憑りつかせてもらう事にしよう。ノアが一番強い魔力を感じた。あの時、熊と対峙しているのを見かけた時に直感した。彼に憑りつけば、きっと私の魔力も元に戻るかもしれないと。しかしこの状態で徘徊すれば、きっと怪しまれる。面倒事は避けたいものだ。天使であれば、多少は力を使って人間にバレることは無かっただろうが、堕天した身であるが故に、その機能は失っている。また戻るしかないか。意外と、あの火の玉の様な不格好な姿の方が動きやすいのかもしれないな。魔力は残しておきたかったが、仕方が無い。  辺りは光に包まれた。そして気が付けば体は元に戻っていた。火の玉。ミカエルに笑われてしまったこの滑稽な姿から早く元に戻りたい。魔力が欲しい。  食堂がどこにあるかは分からないが、とりあえずノアたちの方へ向かう事にした。幸い、部屋の外が騒がしい。子供の声が飛び交っている。時計を見遣ると、十二時を回ろうとしていた。昼か。昼間に行動するのは苦手だ。先程の教会でもそうだが、あまり得意ではない。何せ私は冥界の王。闇の支配者だ。昼間は天使たちの支配下と言う考え方が古かったか。  まあいい。善は急げだ。さっさと行こう。  小さい子供や成長途中であろう子供たちが向かう先、私もそれに倣って向かう事にした。天井の方を浮遊する事により、見つからなくしようと心掛けた。面倒事は避けたい。それに、子供は嫌いだ。  「あ!ルシファー様」  扉を開けようとするとノアが先に扉を開けた。  「ああ」  「どうしたの?」  「また憑りつかせてもらう」  「ええ!ヤダよ」  「貴様の許可などいらん」  口約束でも契約は出来る。人間と契約するなど、滅多にない事だ。私の目的など一切話さず、ノアに憑りついてみせた。  「もう……あ、そうだ。もうお昼の時間だから、ルシファー様も一緒に食べようよ」  「いらない」  「えー」  「この姿で食べれると思うか?」  と私が呆れたように言うと、「ぶー」と頬を膨らませた。  転生前の彼とは全く違う印象を受ける。生まれた環境が違ければ、きっとこんな風に純粋無垢な少年になっていたのだろうか。……何を考えているんだ、私は。やはり人間に近づきすぎたか。  ノアに憑りつき、食堂に共に向かうと、やはり五人は近くに座ることになっているようだ。  「食堂での座り方って大体寮の部屋準って感じかな」  とノアが説明した。  「食堂の出入り口に近い方が、寮の玄関に近い部屋。番号が若い準って感じだよ」  ノアたちの座る場所は出入り口に近く、厨房にも近い場所だった。何列も長机がある中で、一番端だ。そこに五人集まっている。よくみれば、大体半分の所で男子と女子が分かれているようだ。  すると、どこからかシスターと思わしき女が現れて十字架を手に持ち目を瞑る。  「今日の料理当番は二号室のノア、オーウェン、ルーク、ヘンリー、レオですわ。では、彼らと神に感謝をしましょう、アーメン」  それに続けて子供たちが「アーメン」と言って祈りを捧げ、食べ始めた。嫌な空気だ。けれど仕方が無い、ノアの陰に隠れながらやる過ごそう。  質素な料理だ。野菜の入ったスープとパン、おまけのサラダか。  まずそうなメニューにも拘らず、子供たちは笑顔を浮かべ、「おいしい、おいしい」と言って食べている。比較的野菜がメインな料理だからか、好き嫌いをよくする子供が多くいる。そのたびにシスターは、  「どうして食べないの? 食べなさい」  と笑顔で優しく声をかけているが、子供はよく反抗する。  「嫌だ!これきらい!」  五歳くらいの男児が駄々をこねている。それに対してシスターは平手打ちをした。  部屋中にその音が響き渡り、施設の中で一番低い年齢だろう三歳くらいの子供たちが一斉に鳴き始めた。それ以外は皆唖然としている。  「……嘘」  今までなかったのだろう。驚愕していた。  「どうして食べないのよ。折角農家の肩から貰った美味しい採れたての野菜よ? しっかり食べなさい!食べなさいよ!」   そんな事をしたって子供にトラウマを植え付けるだけで食べれるようにはならない。私だってわかる事だ。  「嫌だー!嫌、いやぁ……」  惨い光景だ。  本当のシスターなら違うやり方をしただろう。本当に信仰心があるのなら、天使や神に背くような行為は絶対にしない。彼らは本物ではない。数々の人間を見てきた私が言うのだから間違いはない。彼女はただの“施設の人間”だ。  「食べなさい!」  シスターはその子供が残したのだろうスープの皿を持ち、無理やり口に突っ込んだ。あんなに小さな子供に、そんな事をしたらきっとまた食べなくなるだろう。無理やりスープを流し込まれた子供は嘔吐した。  「げほ、げほ」  「なんで吐くのよ!勿体無い!これもしっかり食べなさい!」  言う事を聞かない子供に腹が立ったのだろう。これまでのストレスが爆発したような、そんな印象だ。  「ひどい……」とノアは小さく呟いた。  「……」  比較的年上の層の子供たちはシスターを睨んでいた。  「何かがおかしい」と、この時悟ったのは言うまでもない。  結局先程の嘔吐した子供は、全部食べるまでのこれと言われて一人取り残されていた。シスターは消えている。どこかへ行ったのだろう。それを見越したノアたちはその子供に優しく声をかけた。  「マシュー。もう部屋に戻っていいよ」  「え?で、でも、」  「大丈夫。処分はおれたちが担う。マシューは何も悪くないよ」  ノアがそう言うと、マシューと言われる男児が大泣きした。  「うわあん!ごめんなさい、ごめんなさいー!」  そう言ってノアに抱き着いた。  今の時代にもあんな大人がいたのか、と思うと良い気はしない。悪魔の仕業ではない。人間の本性だ。気持ち悪い。私の知る悪魔にもあんなことをしでかす輩はいないから、絶対だと言い切れる。  「大丈夫だよ、掃除しておくから、早く帰りな?」  「うん……ありがと、ノア」  マシューは走って食堂から出ていった。あのシスターに見つからない事を願う。  ノアたちは静かに後片付けを始めた。  「……どう思う、オーウェン」  嘔吐物を処理しながらノアは聞いた。  「やっぱり、おかしい」  やっぱり、というは気がかりだ。  「僕、前にシスターがタバコ吸ってるの見た事あるよ、それに誰かと話してたみたい」  レオはオーウェンに続けて言った。  「どこで見たの?」とヘンリーは聞いた。  「ええっと、遊んでる時に見かけて。シスターは建物の裏の方を向いていたから、ちゃんと確認できなかったけど」  「タバコ吸ってるってなんで分かった?」とルークが聞く。  「煙が見えたし、嫌な臭いもしたから。近くにいたわけじゃないけど、鼻が良いから分かったんだ」  「そうか……」  ノアは四人の会話を聞いてか立ち上がり、掃除をほどなくして終わらせた。部屋に戻るまでの間ノアはだんまりだった。私がノアの顔色を窺うと、だいぶ怒っている様子だった。大切な仲間、大事な家族を大好きだった筈のシスターに壊される様を目の当たりにした。それできっと怒りに満ちているのだろう。  感じる。魔力が煮えたぎるのが分かる。それがどんどん私の身体に入っていく。  部屋に戻り、ノアはベッドに座り込んだ。考えるように膝に腕をたて、口を覆い隠す様に口元辺りに手を組んだ。何を見るでも無いがどこか一点を睨んでいる。
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