6 思春期

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6 思春期

 星奈が中学二年になると、また家庭の中に緊張感が生まれ始めた。兄の修一が大学を受験するためだ。修一の学力は難関高校の中でも安定していて、今の調子を崩さなければ希望する医学部への合格は間違いない、と言われているが、安心感があるわけではない。高校受験以上のプレッシャーを、母の奈保子が一番感じているようだ。  奈保子は修一が幼い時から病弱で、つきっきりになることも多く、専業主婦で家にずっといる。元々は銀行員で父の伸二とは職場結婚だ。修一が小学校に入学すると同時に、復帰を望んだが、結局かなわず集中力を修一に注ぐこととなった。 完璧主義なところがあるので家事に手抜きはなく、本人も身綺麗だ。伸二や修一はこのこざっぱりとして清潔で快適な生活環境と、綺麗な奈保子に全く不満はないだろう。放任気味で育った星奈にさえも不満はない。 少しだけ、家族の輪の中から、片足がはみ出ているかもしれないと思う程度だ。  修一の志望大学は県内にあり、おそらく家から通学する。医大生になり研修医になり――奈保子はサポートするつもりでいる。 (いつまでこの生活が続くのだろう)  星奈の素朴な疑問だ。物心ついたときから、ずっと同じ環境で同じ毎日を送っている気がする。星奈も来年、受験生だ。どこの高校に行くかはもう決めてある。そして変わることもなく変えられることもないだろう。感情が冷めていることも、何かを諦めているつもりもないが、自分には反抗期がなかったことに気が付いた。友人で同じ部活動仲間、新田美優は最近イライラすると言っていた。母親の言動にはむかつくし、父親の存在は不愉快らしい。  ベッドに寝ころんで薄いブルーのシーツの色を眺め、カーテンにも同じ色を認める。ブルーが好きな星奈はファブリックも洋服も小物の青や水色が多い。 「あっ」と小さく短い声を出し、そういえば☆乙女☆をなぜピンクにしたのだろうかと考えた。もしかしたらあれが思春期唯一の葛藤と矛盾によるものだったのかもしれない。可愛くなりたかったのかもしれない。  星奈は丸顔で一重の丸い目が優しい印象を与えるが、すらっと背が高く可愛い女の子とは言い難い。頑張ることも恥ずかしくショートヘアだ。現実の星奈と違うコケティッシュな☆乙女☆はそれでも星奈自身なのだ。 そのうちに兄の修一にも反抗期がないことに気づいた。彼は誰かに反抗するよりも、まず自分自身の克服に忙しかったのかもしれない。 (お兄ちゃんがKRやるならどんなキャラにするだろう) 修一が選ぶキャラクター、職業の選択を色々考察しているうちに眠りについていた。 月姫:こんー ☆乙女☆:こん^^ 月姫:一人か ☆乙女☆:さっきまでミストさんいたけどね 月姫:そうか 月姫:ちょっと俺少しイン率下がるかも ☆乙女☆:えーミストさんもそんあこといってた 月姫:ああミストはなんか転職するとか言ってたな ☆乙女☆:そうなんだ 月姫:俺は受験w ☆乙女☆:姫勉強するんだw 月姫:いちおw ☆乙女☆:あたしは来年だ 月姫:じゃいち早く厨房おさらばw ☆乙女☆:w  ペアで狩りをする。 白い雪山がそびえる谷間で、怪鳥ハーピー十沸きを範囲狩りするのだ。 月姫はばらばらとあちこちに飛び回るハーピーを一か所にまとめるべく、弱いが動きが鈍くなる持続魔法をかける。五匹ずつまとめあげ、その二組を一組にし強力な全体魔法を落とす。  始めたころはタイミングと距離を測ることが難しく、攻撃を受け瀕死になることもあり☆乙女☆は死なせまいと必死に回復魔法をかけていた。 今ではかすり傷一つ追うことなくテンポの良い、レベリング的にも美味しい狩りができるようになっている。☆乙女☆は宝箱を拾うくらいしか作業がない。 ☆乙女☆:うまいねえ 月姫:だろw ☆乙女☆:ミストさんもだけどみんなps高いね 月姫:乙女もなかなかだよw ☆乙女☆:かなあ 月姫:おうw真面目だしさw ☆乙女☆:死なせると気まずいからねw 月姫:この前ギルド入ったプリのアーシェなんか座ってるだけで、しかもそのまま風呂行ってきますとか言い出したんだぞw ☆乙女☆:www 月姫:ムカついて城に戻してpt解除しといた ☆乙女☆:お疲れさまww  オンラインゲームは不特定多数の人と、いきなり話をしたり仲間になったり協力したりする不思議な世界だ。顔が見えない相手なのに言葉と行動で好き嫌いがはっきり分かれる。 ☆乙女☆は社交的ではないが、誘われたら一緒に遊ぶしギルドメンバー以外で行われる寄せ集めのメンバーによる、野良パーティーと呼ばれるものに参加することもある。 職業的にヒーラーはパーティにとって必要不可欠なので、誘われることが多いし頼りにされる。レベリングではモンスターと接近戦を行う戦士や格闘家と組むことが多く、遠隔射撃を行う魔法使いやアーチャーとはあまり関わらなかった。 月姫の様な強くて上手な魔法使いが、狩りでヒーラーを必要とすることはほぼなかった。それでも☆乙女☆が一人でいると経験値もドロップも良い、『美味しい狩り』に誘い出す。 一人ではレベリングできない職業についてしまったが、月姫のおかげで相当高いレベルになっていた。月姫がいなかったら、こんなに継続的にゲームをすることなどなかっただろう。現実でもいろいろ出会いはあるが、彼との出会いはその中でもとても影響力のあるもののように感じる。 毛並みの良い銀白色のウサギは神秘的だ。 (異世界だけど自分の世界だ) 月姫の隣に並んだ、少しばかり装備の整った☆乙女☆を眺めて人心地ついた。
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