29 少女から大人へ

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29 少女から大人へ

「お母さん、ただいま」 「おかえりなさい。どうだった横浜は」  奈保子が玄関に明るく出迎える。 「うん。中華料理美味しかった」 「あらあら、食べることばっかりねえ」 「はい、これ。定番ぽいけど餃子」 「ありがとう。修一の夜食にいいわね。美優ちゃんに、またうちにも遊びにいらっしゃいって言っておいてね」 「うん。あたしはおふろ入ったら寝るね」  美優と横浜に一泊で遊びに行ったことになっているが、実は月姫とだった。(大丈夫かな。あたしどこか変わってないかな?)  平静を装いながら部屋に戻り、ベッドに腰かけて緊張を解いた。 ――月姫と中華街で食事をして、港が見える丘公園に連れて行ってもらった。 海も空も真っ青で、ブルーのワンピースを着ていた星奈は、自分自身も風景の一部になるような気持の良さを感じていた。湿り気を帯びた、生ぬるい風が頬を撫でる。ここに来る前に月姫から告白されていた。  お互いに本名を呼び合おうとしたが、ネットゲーム上のキャラクターの名前を呼び続け過ぎていて、上手くいかなかった。結局二人きりの時は、月姫と乙女と呼び合うようになっている。  そして月姫のアパートに泊まることになった。二人は身も心も結ばれるだろう。青に溶けそうな気分になりながら月姫を眺めると、彼は蒼天に浮かぶ白い月の様な優しさを醸し出していた。  初めて愛を告白した後の甘美な気持ちは、何とも形容しがたかった。月姫はとても優しく温かかった。まるで星奈が理想とする料理のように甘く優しく温かい。 自分には恋愛というものに縁がなく感じていたし、ホテルでのセクハラに嫌悪感もあり、こんなふうに愛し合うことなど予想だにしなかった。 月姫の中性的でほの白い綺麗な顔と、星奈よりも広い肩を思い出す。チャットの文字ではなしに、音声で聞く「乙女」との呼びかけに胸が弾んだ。背の高さはあまり変わらないのに、パーツパーツが少しずつ大きく星奈を包み込む。まるで、透き通った綺麗なまゆの中に、包む込まれるような清らかな安心感を得る。 そうして星奈は初めて独占できる『自分だけの人』を得たのだ。昨晩の行為を眠りにつくまで何度も何度も反芻し、熱い吐息をはき出した。
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