30 新田美優

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30 新田美優

 京都から美優が夏季休暇で帰省してきた。二人でゆっくりランチをとりながら近況を報告しあう。 「星奈もとうとうかー」 「う、うん」 「正樹くんだっけ。仕事何してるの?」 「中学校の先生」 「へー。星奈は賢そうな人すきだもんねー」 「そんなっ。たまたまだよ」 「あははっ」  美優はいたずらっぽい目を向けてアイスコーヒーを啜っている。 「そういえばいつの間にコーヒー飲めるようになったの?」 「うーん。いつからかなあ。向こうで緑茶よく飲んでたんだけどさ。一回職場でコーヒー出してくれてそれがなんか美味しかったんやて。たぶんその時のお菓子と合ってたんだろうなあ」  会うたびに大人っぽくなっている美優を見て星奈は少し目を細めた。 学生時代、肉付きは普通だったが、京都で修行を始めてから無駄なものが、そぎ落とされたようで、はっきりした顔立ちがより彫り深くなっている。 「保育園どう?」 「今の子ってほんとアレルギー多いの。うちらんときと比較にならないくらい。小さいのに我慢したりするのみたらたまらんて」 「そっかあ。自分がなんともないからあんまり気にしたことないけど、ちょっと原材料のことも考えないといけないねえ」 「うん。美優、身体にいい和菓子作ってよ。子供が食べて安心なやつ」 「そうねえ。和菓子はカロリー低くてヘルシーとは言うけどね」 「ヘルシーだとおもって豆乳使ったら大豆アレルギーでダメでさあ」 「ありゃあ。食べるものなくなるね」  美優とは昔から恋愛の話よりも勉強や仕事の話が多かった。星奈があまり恋愛ごとに疎いせいかもしれないが、他の女友達と比べ長続きするのはそういう理由だからだと思う。  職場のスタッフの小沢美沙は星奈の恋人の話を聞きたがり、遠距離恋愛だと知ると、こっそり合コンに行こうと誘ってくるので軽く困っていた。 「ねえ。合コンってさ行ったことある? 和弘いるからないか」 「あるよ」  サラッと答える美優に少し驚いた。 「あるんだ」 「浮気してるんじゃないよ。先輩に誘われてさ、頭数合わせに付き合っただけ。とくに目ぼしい人もいなかったし」 「えー。イケてそうな人がいたらどうすんの」 「そりゃー。いくてー」 「やだあ」  美優と和弘のカップルは、どちらかというと和弘が美優を独占したがっているように見えた。美優はマイペースで自由だ。和弘が星奈に、美優からの連絡があまり返ってこないと愚痴を聞かされたこともある。 「和弘はさあ。もう結婚のこと考えてるみたい」 「えっ、早くない?」 「はやすぎだよ」 「あたしなんか結婚したいとも思ったことないしぃ。星奈だってあたしと同じでしょ?」 「うーん。やっとやりたいこと見つかったばっかりだからそれどころじゃない感じ」 「まあ、うちはママとパパがビミョーだからさ。結婚に夢なんか見れないな」  美優の家庭は両親が不仲でほとんど会話がないらしい。 「ママまた太ってたよ。なんで大人のくせにあんなにスナック菓子ばっか食べてんだろね。おかしいて。おばあちゃんなんか八十過ぎても綺麗だったのに。見てらんない」  星奈はコメントし辛く黙って相槌を打った。一緒に暮らしていた彼女の祖母は日舞の名取で、数年前に他界していたが品よく背がスッと伸びた美しい人だったらしい。踊ると空腹を覚える祖母は、いつも綺麗な和菓子を好んで食べていたようだ。 冷えた関係の両親よりも、美しく舞う祖母からの影響を多大に受けている。しかし彼女自身は踊ることよりも祖母を喜ばせる和菓子に目が向いた。美優が作る美しい和菓子の数々は、きっと宝石のような輝く祖母がイメージされているのだろう。 「おばさんにヘルシーな和菓子でも作ってあげたら?」 「和菓子じゃ食べた気しないんだってさー」  ふーと鼻息を出しながら美優は天井を見上げながら言う。そんな美優の様子を見ながら星奈は自分の結婚を心に描いてみた。月姫が浮かび顔が赤らんだ。 「まあ、和弘と仲良くね。和弘は美優の事すごく大事に思ってるみたいだし。真面目だしさ」 「そうだねー。まあ先のことは分からないけど、このまま好きなことしてられるんなら和弘でもいいかな」  ドライな美優に星奈は苦笑した。 「それよかさ。今度お店で一個だけ形を任されるようになったんだー。ずっとあんこ作ってたんだけどさ」 「え? ずっとあんこ作ってたの?」 「そうだよ。あんこ作るだけでもなかなか難しいんだから。小豆の一粒一粒から吟味するんだよ」 「へー。なかなか細かいね」 「これでも早いほうやて。昔は餡炊き三年、餡練り三年とか言って一人前になるのにはすっごいかかるんだから」 「やっぱ職人って大変だよね」  修業期間が長く、厳しい道を選んでいるにもかかわらず美優の目は輝いていた。好きな道は険しくても苦しくはないのだろう。 星奈は自分もやっと歩く道が見つかったことに満足していた。周囲の人たちに比べ比較的遅いスタートだと思ったが、見つけられた充足感に勝るものはなかった。(みんな一人で歩いている) 誰かと一緒に手をつないで歩くわけではない道だが、美優も美優自身の道があり歩いているのだと思うと孤独感はない。  月姫が言っていた。教職を考えたのは星奈の言葉によってらしい。あまり自覚はないが、以前、ネットゲーム内で月姫のことを教えるのが上手いと言ったことがあったようだ。自分がそのように人に影響を与えることがあるとは思ったことがなかったので驚いた。このことを美優に話すと、驚いたことに彼女もそうだと言う。 ――中学時代、茶道部の活動で星奈は美優と一緒に和菓子を買いに行った。 学校から十分ほど歩いた、昔からある地元の和菓子屋だ。他所からの仕入れの焼き菓子と、自社生産のネリキリが売られており、小さい規模ながら人気の店であった。 「どれがいいかね。このネリキリ綺麗だね」  秋らしく菊のネリキリが色々な色で店を賑わせている。可愛らしいピンク色の菊のネリキリを人数分買い、部室に戻る。美優は箱の中のネリキリを眺めて水屋から黒文字を持ってくるなり、一つ取り出すと、切り込みを入れ出した。 「ちょっ、ちょっと美優」 「いいからいいから」  美優が「どう?」と加工したネリキリを星奈の目の前に差し出した。 「うわっ。どうやったのこれ」  丸っこい菊が花開く。加工される前のものも十分可愛いと思っていたが、美優の手が入ったそれは格段に美しく生き生きとしている生花のように見えた。 「かわいいでしょー」 「うん……。こんな可愛いネリキリみたことない。器用だねえ。美優はきっと和菓子職人になれるよ」 「星奈は自分が思うより人に影響与えてるよ」 「そうなのかなあ」  人との関わりと影響の不思議さに改めて、しみじみと感じ入る星奈だった。
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