9 職業

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 楽しい時間は瞬く間に過ぎ、また正樹は受験生になった。特に目標もなく自分の偏差値に応じた、近い大学に行くのだろうとぼんやり考えながら月姫を操作していた。 ミスト:受験平気なのか?遊んでて 月姫:余裕w ミスト:すごいなw 月姫:受験なんて暗記じゃんw考えなきゃ平気だよw ミスト:まあそうだなw 月姫:今の仕事どう? ミスト:なかなかいいねw給料安いけどw 月姫:でもイン率下がったね ミスト:肉体労働だからさw眠いww 月姫:好きなこと見つかってよかったね ミスト:彼女に振られたけどなww 月姫:ひでえwww  気の置けない話をしながら目の前の大学受験とその後のことを考えた。(好きな仕事か……) ミストは最初一般的に言う『いいところ』に就職したらしい。『いいところ』というのは収入の高いところと言う事だろう。  ミストは穏やかな性格で落ち着いていて、親切だが冷めたところもあり、何を考えているのかわからない謎めいた部分もあった。しかし戦闘になると好戦的で熱かった。『脳筋』ではないものの真っ先に特攻していくような前衛だ。おまけにプレイスキルが高く、多少の課金もしているので装備も良く獣人国家の中ではそこそこ目立つ存在でもあった。 転職してからの最近のミストは、戦い方がまた洗練されてきたように思う。『いいところ』で働いていたミストはここで鬱憤を晴らしていたのかもしれない、と正樹はぼんやり思っていた。  適当な範囲魔法で弱いモンスターを倒していると☆乙女☆がやってきた。 ☆乙女☆:こん ミスト:こん 月姫:こんー ☆乙女☆:今夜戦争いく? ミスト:俺パス 月姫:え いかないの? ☆乙女☆:えー ミスト:おじさん疲れちゃってさwww 月姫:年寄だなw ☆乙女☆:仕事つらい? ミスト:まだ身体が慣れないかなw 月姫:でもリア充だよな ミスト:まねw 月姫:ああ彼女いなんだっけw ミスト:おまえもだろww ☆乙女☆:でもここでモテモテだよねw二人ともw  ミストは戦士という職業柄、回復職の女にもてた。また月姫は女と勘違いされることが多く男から『姫』と愛称で呼ばれ人気が高かった。 ミスト:ここでモテてもねw 月姫:よく会ってもないのに好きになれるよなwww ☆乙女☆:そういうものなの?好きになったりしないの? ミスト:俺はならないなあwゲームしたいだけだしw 月姫:遊んでて気が合う合わないくらいだよなw ☆乙女☆:なる~  ☆乙女☆は好きな奴がいるのかもしれないと思いながら正樹はチャットを眺めた。ミストはよく回復職の女からよく誘われていて付きまとわれるのを見かけた。  そういうことが起こると面倒なのか、ミストのイン率がさがる。こういうゲームの世界でも出会いを求めている人間がいると思うと不思議な気がした。(キャラ萌えしてるだけじゃないのか) ミストと自分の淡白さが似ているような気がして安心した。 ミスト:そろそろ落ちるよ 月姫:またノ ☆乙女☆:おつです^^ノ ミスト:の  ミスト去った後☆乙女☆と少し狩りをした。 月姫:プリうまくなったよなw ☆乙女☆:^^ 月姫:女のプリってサボる奴多いからなwww ☆乙女☆:そんなことないよw攻撃する人が強いとあんまりヒルいらないだけだよw 月姫:そうかあ?w ☆乙女☆:ミストさんなんかめっちゃ堅いしさ 月姫:ああミストはかてえw  ふと正樹は素朴な疑問をタイピングしてしまった。 月姫:もしかしてミストが好きなのか?  少し沈黙が流れる。 ☆乙女☆:黙っててくれる? 月姫:ああ ☆乙女☆:ミストさんこういうの嫌そうだしさ 月姫:そうだな韻律下がるしな ☆乙女☆:ありがと 月姫:でもミストっておっさんだと思うぞww ☆乙女☆:ちょwww  ☆乙女☆はリアルでは正樹の一つ年下で今、女子高に通っている。☆乙女☆の個人情報は正樹しか知らない。ミストにすら自分が女だということをハッキリと示してはいない。 さすがにミストも☆乙女☆を男だとは思っていないだろうが、性別や実生活にはまるで関心がなさそうだ。ネット上だがもう四年の付き合いになる。深いのか浅いのかよくわからない関係や親しさが不思議な魅力を醸し出すのが、仮想現実かも知れないと正樹は思っていた。 月姫:そろそろまた受験だしちょっとインするの減るよ ☆乙女☆:らじゃー 月姫:乙女も勉強しろよ来年だろ? ☆乙女☆:どうするかなあ 月姫:ミストが言ってたぞ。好きな仕事しないと辛いってさ ☆乙女☆:好きな仕事かあ 月姫:何がしたいとかできるとかよくわかんね ☆乙女☆:姫は教えるのうまいじゃんw 月姫:え ☆乙女☆:姫のおかげで私遊べるようになったしねw 月姫:そうかwじゃまた困ったらなんか教えてやるおww ☆乙女☆:頼りにしてるww  そういえば教えることが楽しいと正樹は気づく。☆乙女☆に対してだけではなく部活の後輩にも色々教えることが多く慕われてもいた。(教えるねえ……) 志望大学のサイトを眺めてみる。(教職課程か……。採用が難しいんだろうな……)  また今度考えようとサイトを閉じた。  あれから正樹は頭から離れない教職について考え始め、夕飯時に家族に話してみると、母の洋子と姉の知夏と実夏は『あんたが先生~?』と言いながら疑わしい顔つきで見てきたが、父の幹雄は『いいんじゃないか』と賛成した。  まったく何もなくぼんやり受験をするよりはモチベーションが上がり、一つランクを上げることができた。先々の就職や採用に関してまで心配してもしょうがないので、とりあえず目の前の受験勉強を片付けることにする。 正樹は幸運なことに家族や学校において頭を悩ませる出来事がほとんどなく、葛藤や怒り、反抗などの負の感情がないおかげで受験勉強もスムーズだ。(俺って順風満帆だよな)  不満もなく強い欲求もなく落ち着いて過ごしてきたこれまでを振り返って素直に思う。(来年からは大学生だな)  新しい環境を想像しながら少しだけインターネットを眺めて眠りについた。
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