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厄介者
有馬 奈々子は、電車が苦手だ。とある運動部のマネージャーをしていて、帰りは夜の七時から八時台の電車に乗る。ゆらゆら揺られて帰路につくため、あの独特の眠気に抗えなくなってきたからだ。乗り過ごしそうになるのもしょっちゅうで、ここ最近はギリギリに下車する回数が順調に増え始めている。
高校二年生の夏。先輩たちも引退し、本格的に奈々子たちが部活で上の立場になってまだ日が浅い。これからの不安がないと言えば嘘になる。具体的に言えば、『これからの練習メニューをどうしよう』とか『合宿する時の献立は』などなど。電車の中ではそればかり考える。おかげで頭の中でパンクして寝落ちが日課になっているというわけだ。
だが、この不安と眠気が理由で電車が苦手なわけではない。奈々子は自分と同じ路線に乗ってくる人物が苦手だ。
「アリは今日も七時電?」
奈々子が改札を抜けて、ホームへ向かう階段を降りていると後ろから声をかけられた。苗字の『有』からとったイントネーションのあだ名。聞き覚えのあるよく通る声に、奈々子の口からヒエッと情けない音がこぼれた。
「そうだけど。北川くんもでしょ」
なんとか取り繕って平坦な調子で言い返すと、先程の声が「まあな」と苦笑まじりに呟く。声の主はいつの間にか奈々子に歩調を合わせてきていたようで、隣にすぐ人の気配を感じた。
奈々子が憎らしげに横に視線をずらすと、白々しいくらいにっこりと彼が微笑んでいる。その笑顔に向かって、心の中で遠慮なく舌打ちをした。
よく見ると、彼のくせ毛混じりの髪に少々うねりが増しているように思える。額には汗が光って、少し顔が火照っていた。夏とはいえ、今日の夜は日中より暑さが和らいでいる。よほど急いできたのだろうと奈々子は容易に想像できた。
北川くん、と呼ばれたこの男子生徒。彼こそが奈々子にとっての大きな悩みの種 北川 真だ。
奈々子は女子部のマネージャーで、真は男子部のマネージャー。部活以外では極力関わりたくないので、奈々子は後片付けが終わるとこっそり部活のコミュニティから抜け出して帰宅する。それなのに、この男だけは目ざとく気付いているらしい。
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