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「なあ、忘れ物ってなんだ」
「あっと、それは」
本当は忘れ物なんてなんにもない。奈々子自身、一番良く分かっていた。どうやって躱そうかあれこれ頭を悩ませていると真が飄々と先手を打った。
「さっきおれが呼んだのに慌てて出てったこと、謝りに来たんじゃないの」
絶句。この二文字に尽きる。
やはりあの時名前を呼ばれていたのか、とかこの流れている微妙な空気をどうしてくれようか、とか一気に押し寄せてきた。一周回って奈々子は貝のように押し黙る。
「違う?」
するりと真が腕を奈々子の肩に回す。いわば肩抱きの状態だ。これには遥も他の部員たちも肝を冷やした。
首を傾げながらもこちらを見てくる真に、奈々子は少しいらいらした。
「うっわ、こんにゃろ」
咄嗟に出た暴言の勢いもそのままに、奈々子は自分の肩を掴んでいる真の手をベシッと払い除ける。そのまま後頭部で頭突きを食らわした。奈々子の身長では相手の前腕あたりにヒットする。
「いっ!?」
痛みより驚きで声が出ない真を尻目に、今度は奈々子が遥の腕を引っ張る番になった。
「物置チェックでモップ新しいのに変えようかなと思ったけど別に今日は持ちそうだったし明日でもいいかなと思ってやめました朝からお騒がせしてごめんねそれじゃハル行こうか」
捲し立てるように一息ででっちあげを述べた。人間、危険に晒されると驚くべき力が発揮される。
「奈々子、ちょっと。いいのこれ」
「いいもなにも言うこと言ったんだから。それじゃそういうことでお邪魔しました」
奈々子は困惑気味の遥の腕を掴みつつ、もう片方の手を皆に振って、二往復目の走り込みを始めた。
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