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奈々子が体育中に嫌な寒気を感じることはなかった。程々に運動したあと遥から貰った、汗ふきシートだけが冷たく感じた。
「ちょっと奈々子。聞いてる?」
教室に戻る道すがら、遥が訝しげな顔で呼んでいる。どうやら先ほどから何度も声をかけていたらしい。
「ごめんごめん、何の話だっけ」
「ああもう遅いわぁ」
「遅いってどういう」
何故か関西テイストで落胆する遥。彼女に気をとられた奈々子は、前方不注意でぽふっと何かにぶつかる。
「わっ、すみません」
奈々子はぶつかった人の顔を見ると、つい「うへえ」と眉間に皺を寄せた。移動教室帰りなのか『化学』と書かれた教科書とファイル、筆箱を持っている。
他所用の声を出しておいてなんだが、非常にもったいないことをしたと思った。
「人の顔見ておいてなんだ、その態度」
「なんでもないです。ちょっとどいてよ」
「んー?」
「んー? じゃなくてさ」
突っ立ったまま動こうとしない彼を奈々子は憎らしげに見上げる。
「珍しいね、真くんが奈々子のとこに来るなんて」
遥が奈々子の横から話に入ると、「ハルさん、朝ぶりだね」と律儀に挨拶をしていた。奈々子に対しては通せんぼのまま、しれっとした態度を崩さない。
「たしかにそう言われるとそうかも。あまり日中来れてないもんな」
「来ても話すことないからね」
「今日はあるから来ただろ」
奈々子はすぐさま否定したが、まさかの返しをされて言葉が詰まった。
「あれ? 本当に奈々子に用事ってワケ?」
「そう」
大した用事でもなかったら思い切り舌打ちしてやろう。奈々子は体育着の入ったナップサックをぎゅっと抱きしめる。
「今日、昼休みにミーティング入ったっぽいから。伝えに来た」
「は?」
思った以上にしっかりした業務連絡に驚いた。遥も奈々子と同じ感想を持ったようで、「へ?」と拍子抜けした顔をする。
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