厄日

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「壁側にどいた方がいいかも」  奈々子が僅かに口を開いて言うと、清花はようやく気づいたらしい。真をぐいっとさらに引き寄せながら、奈々子を指さした。 「そうだ、アリ。今日のミーティング、女子も一緒にやることになったからよろしく」 「そうなんだ。連絡ありがとうございます」  真に会いに来たついで(・・・)感が否めない。先程も聞いた話ではあるものの、奈々子は素知らぬ顔を選択した。 「さっきそれ」 「うおおあ。女子の方にはわたしから伝えますので」 「いやそれも」 「伝えますのでっ」  真が要らないことを言う前に大きい声で阻止。真は心底嫌な顔をしていたが、視線で牽制した。 「たすかるー。それじゃ」  話はここで終了と言わんばかりに、清花がにこりと笑顔を貼り付ける。真をますます自分の方に引き寄せ、かなり密着していた。  奈々子はナップサックを抱えたままお辞儀をして、そそくさと退散する。 「ハルさん、ちょっと」  奈々子の後ろを着いていこうとしたが、真に呼び止められた。とても肩抱きされたままとは思えない。普段通りすぎる。その状態で別の名前を呼べる肝の座りっぷりに、遥はある種の恐怖を覚えた。  「先に行ってて」と振り返った奈々子に伝えると、「F組寄ってから戻ってるよ」と大きく手を振っていた。 「うち? 奈々子じゃなくて」 「うん。大したことじゃないんだけど」  そう前置きした真は、ごにょごにょと言いづらそうに切り出す。 「アリからなにか聞いてない?」 「なにかって?」 「なんだろ。なんかいろいろ。困ってること、とかそういうやつ」  遥が真っ先に思いつくのは、目の前にいる清花くらいだ。さすがに本人も同席で伝えるとなると勇気がいる。じとりとした警戒心を自分に向けられているのは重々承知していた。それとも、ほかの回答があるのだろうか。 「なになに。なんでこの友達にそんなの聞いてんの?」  考え込んだ遥を清花が遮った。声のトーンだけは明るい。真の持っていた筆箱を清花はするりと取り上げて、お手玉のようにぽんぽんと片手で遊び始めた。 「アリに直接聞いても答えてくれなそうだから」  弄ばれた自分の筆箱をやんわり取り返しつつ、真は清花との間に少し距離を取る。 「そんなに気になる?」 「えっ。いや、気にはしてないけど……」  真はここで、尻すぼみになった清花に更に追い討ちをかけた。 「そう? おれがアリのこと聞くの、さっきからやけに引っかかってるみたいだけど」 「ぎょへぇ」  遥は思わず引き笑いを零してしまった。恐らく単純に、自分が気になったから聞いた。そんな感じだ。 「うちにはまだ言ってないなにかで困ってることはありそう。無理やり聞くのは違うかな、と思って黙ってる」  遥はそれだけ答えた。嘘は言っていない。
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