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「電車一緒なのアリくらいなんだからさ。待ってろって言ってるのになんで先に行っちゃうんだよ」
真が不服そうに口を尖らせる。内容もさながら、滑舌が良い分なおさら質が悪い。恐らく電車内に筒抜けだろう。乗客の何人かが怪訝そうな顔でこちらのやりとりを盗み見ている。その視線が痛い。
奈々子はいっそのこと電車から降りてしまおうかとも考えたが、これを逃すと次は一時間後の九時ちょうどだ。この路線以外の電車が無いのが尚のこと痛い。田舎の運命とでも言うべきか。
「迷惑だからちょっと静かにしてもらっていいかな」
「なんで」
「なんで?」
そのままそっくり鸚鵡返しをしてしまった。迷惑だからが立派な理由だ。なんでも何もあるものか、と奈々子は思いっきり苦虫を噛み潰したような顔で真をギロリと睨みつける。
「だいたいさ。北川くん帰り支度遅いし、待ってる時間が無駄なんだよね」
「なんだそんなことか。確かにおれが早く準備してればアリはおれと帰れるもんな」
「ちょっと、全然『なんだ』じゃない。わたしが言ってるのは」
「どう違うんだよ。お前の言い方だとおれの準備の遅いのが原因だから」
「めんっどくさいな、もう」
淡々と言葉を返してくるこの男に嫌気がさしてきた。奈々子は聞きたくないと言わんばかりに真の言葉を遮っておきながら、なんて言い返そうかと考えているとすぐさまあちらが畳み掛けて来た。
「じゃあ、明日からはおれが早く着替えて待ってるから。どうせ待ってくれる彼氏もいないんだし、それなら良いだろ」
「余計なお世話だし、ひとつも良くないんだよな。自分だって彼女いないくせに」
「うるせえよ」
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