厄介事

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  『未遂事件』と彼女達が勝手に呼んでいる事案は、部活終了後 先週火曜日に起こった。  その日は去年卒業した先輩、いわゆるOBが来ていた。部員のほとんどは彼らとの会話に夢中で必然的に後片付けや掃除が手薄になる。奈々子にはこれと言って積もる話もなく、黙々と体育館の床にモップを掛けていたわけなのだが。   「アリー、今日こそ帰り待ってろよ。なんか幹さんがおれに大事な話があるって」    スポーツドリンクの入ったクーラーボックスを持ちながら、部室から出てきた真によって状況が一変。辺りの雰囲気が微妙にだが着実に凍り始めた。 「大事な話って、もしかしなくてもあれだよな」 「あの先輩そういうとこあるよね」 「そうそう。なんかこう変に空気読めないっつーか」  男子部と女子部の後輩の何人かが控えめにひそひそ呟くのが奈々子の耳に届いた。本来であればきっと、彼女たちのように慎ましやかになる内容のはずだ。 「勝手に巻き込むなよ」  言うが早いか、奈々子は持っていたモップをガシャンと床に落とし、助走も充分に彼にライダーキックを左肩にかましてみせた。クーラーボックスが開いていないのを見越していたからこその反応で、奈々子個人としては褒めてもらいたい。見事に着地も成功し、大幅によろけている被害者のあるいは加害者に一瞥も与えずさっさと立ち去ろうとする。 「おいこら。ちょっと待て」  奈々子が(きびす)を返したと同時に体重が後ろに傾いた。少しオーバーサイズのジャージが不思議と首の締め付けがきつくなった気がする。それもそのはずで、奇跡の復活を遂げた真が彼女の後ろ襟をむんずとひっつかんでいるのだ。 「なんかおれに言うことあるだろ」  まだ本調子とは言えないのか声量が普段より出ていない分、寧ろ凄味を生み出している。しかし、いくら凄まれようが奈々子には全くもって思い当たる節がない。謝罪を求めているのなら、お門違いと言うやつだ。  とりあえず、何か言わなければ掃除が終わらない。何より奈々子は早く帰りたいのだ。  楽しそうにこちらを見ている周囲の部員に心中悪態を吐きつつ、真にこれだという言葉を思いついた。 「早く掃除してくんない」  というところで、真と奈々子でドタバタと喧嘩が始まり『マネージャー告白未遂事件』として話を切ってある。
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