不思議な本

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「わ、私はその……! 母が栄養士なんですが、介護施設で働いていて! そこの利用者さん達もケアするスタッフの人も、もっと楽にできればいいのにって話を聞いてまして」 緊張して声が上ずる。そんなことを聞かれたのは面接以来だが、それとはまた違う緊張だった。 面接の時は採用されるかどうかの心配。今回は個人的に関心を持ってもらっている喜びと、答えがどう受け止められるかの不安だった。 「あの、先輩は?」 反応が怖くてもの凄い早口に尋ねると、彼は「うーん」と少し答えにくそうにして、また笑顔を見せてくれた。 「後で話す」 ちょうどそこで順番が来たので、二人は案内されたテーブルに移った。 結局食事中に緊急の電話が入り、栗林は急いで残りのパスタをかき込んだ。彼は百香に「ゆっくり食べていいから」と言い残し、伝票を掴んで先に行ってしまった。 あれから忙しく仕事し、プレゼンテーションも成功して迎えた土曜日の休み。 百香は借りていた白い本を持って『叶書店』にやってきた。ガラス戸の外から見ても、店内が人で賑わっている様子が分かる。戸を開けると、中から冷んやりとした空気が流れてきた。冷房が入っているようだ。 「あの、本、ありがとうございました」 レジのあの年取った店員は、にこにこ笑いながら受け取った。 「今日も借りていくかい?」 「はい」 そう言って、他の客の視線を連れて奥へいそいそと向かった。先日と同じように、青年が一人そこにいて立ち読みしている。 「……えっ」 ページを開くと、介護に関する情報が載っていて、百香は驚いた。確かにここ最近、栗林の影響を受けていい商品が開発できないものかと考えていた。 ーーこの本屋、一体何なの? 身震いするも、百香はそれを手にレジに向かう。妬ましい視線を向けられて困惑した。そういえば、他の客はどうして普通の本を見ているのだろう。他のものにも何か特別なことが書かれているのだろうか。 百香はそう思って、白い本が見せてくれなくなった料理の本棚に行って数冊見ていた。 何も特別な感じはしない。 しかし百香がそうしている間にも数人客が入ってきて、まっすぐ奥の棚へ向かっていく。 ある人は白い本を持ってレジに行き、またある人は落胆したような顔で他の棚に移ったり、そのまま書店を後にしたりしていた。
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