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煮干しのお陰で少しずつだが橋沼の側にいてくれるようになった。
たまに餌を食べながらぶにゃと鳴く。それが可愛いからブニャと勝手に名付けた。
日にちが立つごとに橋沼が行くと餌がなくとも寄ってくるようにもなった。
今日も弁当を食べてブニャの元へ行こうと思っていたのだが、どうやら先客がいるようだ。
噂を聞いてたまに探しに来る人もいるが、匂いがキツイと絶対に出てこないし、餌があっても慣れない相手だと警戒している。
どうやらあきらめたようですぐに居なくなったが、次の日にはそこで食事をし始めた。
そんなに猫に会いたいのか、そう思ってみていたのだが、次の日、また次の日とあの場所に来るので、もしかしたら一人になりたくて来ているのかもしれない。
そこにいるのは男子だということしかわからない。
髪を茶色に染めていて、中心が黒くなり始めていた。
とくに気にするものでもないのに、弁当と共に持ち歩いているスケッチブックと鉛筆を手に取る。
胸の中にあるもやもやを吐き出すように、黒く塗りつぶされたページが何枚かある。
ずっとこんな調子だったが、仕上がった絵は同じ黒でも今までとは違う。彼の後頭部の絵だった。
「なんだこれ」
みた瞬間、おかしくてクツクツと笑いだす。何故、こんなものを描いたのだろう。
「他の奴がみたらなんていうかな」
同じ反応をするか、それとも良かったねといってくれるだろうか。
「また、描くことができた」
涙が溢れる。あのときですら泣かなかったのに。絵を描けたことが嬉しくてたまらなかった。
きっと今なら美術室へと入れるのではないだろうか。
ベランダから美術室の前へと移動する。胸が激しく波打ち、一度大きく深呼吸をする。
「よし」
頬を叩いて気合を入れ、鍵を差し込みドアを開いた。
目の前に広がるのはあの日の光景ではなかった。
嗅ぎなれた絵の具の匂い。棚には絵が置いてある。
「なんだ、全然平気だ」
怖くて足が震えるのではないかと思っていたけれどそんなことはない。
久しぶりで喜びのほうが大きかった。
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