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気持ちを入れ替えてまた一から始めよう……なんて気持ちにはなれなかった。
作品を完成させられなかったことがわだかまりとなっていた。
このまま美術部にいるのも辛いから退部しようとしたが、それを引き止めたのは先生と部員達だ。
昼休みに自由に使っていいよと先生が鍵を手渡した。
辛いからやめようとしていたのに、どういう神経をしているのかと先生を恨む。
べつに受け取ったからと使わなければいいだけ。何日かしたら返せばいい。そう思っていたのに何故か足は美術室へと向いていた。
ドアを開くのが怖い。床に散らばった切り刻まれた作品を思い出してしまうから。
引手を掴もうとしたが手が震えてもう片方の手で押さえる。
足は向いても心は無理だ。
中に入るのは諦め、外の空気を吸おうと廊下からベランダに出た。
しばらくぼーと空を眺めていたら、猫の鳴き声が聞こえて下を向いた。
俺がそういう気持ちになれるようにと、先生は鍵をかしてくれたのかもしれない。
心の中で感謝をし、俺は昼になるとここでご飯を食べるようになった。
何か描きたくなるかもしれない。そう思いながらスケッチブックを開くが、結局は黒く塗りつぶされた闇が広がるだけだ。
何日も、何日も、そのうち手は止まり、ぼーっとする時間が増えた。
そんなときだ。猫の鳴き声を聞いたのは。
女子から噂で聞いたことがあった。もしかしたらその猫かもしれない。
急いで下へと向かい外へと出ると、橋沼をみた瞬間にビクッと身体を動かし立ち止まる。
少しでも動いたら逃げてしまいそうだなと、しゃがみ込んで猫がくるのを待つことにした。
警戒をしている。それはそうだろう。大柄で重圧感があるものがきたのだから。怖がられないように笑顔を浮かべるようにはしているが猫には通じないか。
しばらくにらみ合いが続き、そして猫はすっといなくなる。
仲良くなるにはまず餌かと、煮干しを祖母から分けてもらって持ってこよう。猫のいなくなったほうをみながら「またな」と呟いた。
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