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そんな彼を慰めるにはどうしたらいいのだろう。経験の浅い田中にはそれが解らず俯いてしまう。
すると橋沼が田中の手を握りしめた。
辛いことを田中に話そうとしてくれている。それなのに自分が逃げてはいけない。きちんと目をみて相手の話を聞こうと顔を上げて真っすぐにみつめた。
「先生が美術室のカギをかしてくれてさ。中に入ることはできないし絵も描く気力がでない。毎日、ベランダでぼんやりとしていたんだ」
そんなとき、ブニャと田中に出会ったそうだ。
「はじめはみているだけだったんだけど、スケッチブックと鉛筆を持って眺めていたら、自然と手が動いていた。久しぶりに描けたなって気持ちになって。他の人からみたら、なんだこれって絵なのにな」
後頭部の相手に興味がわき、正面からみてみたくなった。そして煮干しが空から降ってきたわけだ。
「ブニャが話すきっかけをくれた。初めてみる田中はまるで警戒している猫のようだったな」
「そりゃ、橋沼さんみたく馴れ馴れしくねぇもの」
「知りたいって思いで必死だったからな」
と笑い、
「冬弥……昼間に美術室にいた奴な。あいつは俺に起きた出来事を知っているから心配して田中に酷いことを」
昼間のやり取りはすでに知っているようだ。そんなことがあったら友達として心配になるだろう。田中のしたことを知っているからなおさらだ。
「だからといって冬弥が勝手に俺らのことを決める権利はない。だから謝らせるから」
「え、謝罪なんていらねぇよ」
彼の気持ちはなんとなくわかるし、嫌われているのに会いたくはなかった。
「これはけじめだから。あと、これからも一緒に飯を食おうな」
橋沼からその言葉が聞けた。それだけで田中は満足だ。
「あぁ。おかず、楽しみにしている」
「おう。ばぁちゃんに頼んでおくからな」
美術室での時間はこれからも続く。安心して田中は胸をなでおろした。
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