雨の日

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雨の日

今年の春先、東京から京都へ来た。古い街の道は細くて見通しの悪い四つ角だらけだ。そんな通学路に慣れた紫陽花の季節。鞄の中には折畳みの傘は常備してあった。帰り道、バラバラと降り出したので傘を広げた。雨の匂いが、何故か東京とは違う。その匂いは意識をぼんやりとさせ、自分と景色の境界線を曖昧にしていく。 救急車が傍らを通り過ぎて行った。サイレンの音にハッとしたのもつかの間で、夢うつつの気分は抜けないまま歩く。終いは眠気に襲われ家の前を通り越しそうになった。 街と同じくらい古そうな家。石畳みを上がり門をくぐると傘が風にさらわれて飛んで行ってしまった。傘は庭の池に落ちて、睡蓮と一緒に浮いている。まだ雨は降り続いているし、その上、ますます眠いので傘はそのままにした。 自分の部屋にも辿り着けず、居間で眠ってしまう。 母の声がする。眠すぎて、なかなか眼が開かない。やっとの事で起き上がると、誰もいない。祖父母の住む母屋にも行ってみた。車庫にある祖父の車がない。きっと何処かにご飯を食べに行ったに違いない。鴨福亭かな。春龍館かなあ。惜しい事をした。 喉が渇いたので、台所に行くと、焦げ付いた鍋があった。外食の要因はこれだな。麦茶をたくさん飲んだのでガラスのボトルが空になった。また眠気に襲われて、また、居間で眠ってしまった。 母の声がする。眼を開けると、そこは家の居間ではなく病院だった。車にはねらたらしいが、記憶にはない。傘は睡蓮と一緒に浮いているのだろうか。
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