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1 不登校の転校生
高校に入り私たちは2年生に進級した。春とはいえ、4月はまだまだ肌寒く、短い春休みの直前、終業式まで着ていたコートをなぜ、新学期は着て来てはいけないのか?そんなことを考えながら、ポケットに忍ばせたカイロを取り出しせめてもの慰めに指先を温めていた。
「あーっ!またそんなのいつまでも持ってぇー、ほんと初華は寒がりだよねー」
「あ、美緒おはよう」
友達の吉川美緒とは春休みも何度も会っているから、特に久々だという感じはない。2年も無事、同じクラスになれたことは、ついさっき1Fの掲示板に貼られた新クラス発表で確認済みだ。
「あー、初華・・・・相変わらずクールすぎるっ!ねぇ、わかってる?私たちまた、同じクラスになれたんだよ?同じB組!」
「うん、さっき掲示板見たから知ってるよ」
「そうじゃなくて・・・・あのね、もっとあるでしょう?わー!また一緒だねー!って手を取り合って喜びを表現する!とかさ」
「うん、また一緒だね」
席に座ったままそう言った私を見て、美緒は大げさに肩を落としため息をついた。
「うん、知ってる。あんたのそのクールなとこ。だけどねぇ・・・、時々不安になるのよ。あたしは!ねぇ、初華、ちゃんと喜んでる?」
「うん、喜んでるよ。普通に嬉しいし」
「あ、そぉ」
呆れた様に溜息をこぼしながらも美緒は自分の席にカバンを置くと、またすぐに戻ってきた。
「それでね、さっきクラス発表みて気づいたんだけどこのクラスに知らない名前があったの!」
「知らない名前?なにそれ?私も見たけど・・・クラス替えしたから殆ど知らない名前だったよ?」
美緒は額に手を当てて、大げさに首を横に振る。
「初華・・・あんたが人に興味ないのは知ってる。でもね・・・ほとんど知らない名前って・・・・」
「あ、それ俺も気づいた!」
私が首を傾げたところで、すぐ近くでぎゃあぎゃあと騒いでいた男子のひとりが話に入ってきた。まるで当然のように会話にはいってきたけど、私はこの男子を知らない。そう思って見ていただけなのだけど___。
「あっ、桜庭さん、その冷たい目やめてよー、俺、都築孝彦。1年の時A組で隣のクラスだったんだよ?桜庭さんB組だったでしょ?」
別に冷たい目なんてした覚えはないけど、それよりも、なぜ私の知らない人が私を知っているのかと思いながら頷くと、都築孝彦と名乗った男子は隣の席の椅子を掴んでくるりと向きを変え背もたれを前にして跨って座った。
「ちょっとー、つんつ!で?何を知ってるの?」
当たり前のように都築孝彦をつんつと呼ぶ美緒に驚いた。
「え?美緒・・・この人のこと知ってるの?」
「うん、普通に知ってるよ。あ、初華もつんつで大丈夫だからね」
「おぅ、つんつでいいぞ」
「あ・・・・うん」
躊躇いがちにつんつを見ると、なぜかどや顔でにっこり笑われた。短髪の髪に黒い肌。ひとつひとつの動きが早くて大きい。まるで子ザルのような人だと思った。そしてこの子ザルのつんつは、美緒と同じ匂いがした。そう、誰とでも、どこででもすぐに友達を作ってしまう、私からみたらキラキラした存在。そうなのだ。私はいつも気が付くと取り残されている。こうして当たり前のように隣のクラスに友達がいる美緒、当たり前のように会話に入ってくるつんつのような人間、つまりキラキラ族をいつも羨ましく思う。私にはどうしてもそれができない。感情が表に出にくいのか、気が付けばいつも「初華はクールだよね」と言われてしまう。親にも小さな頃から『初華は無表情だねぇ』と言われてきた。自分では全くそんなつもりはないのだけど、周りのクラスメイトがしているように嬉しさに飛び跳ねることも、怒りを露わにすることも私にはない。無理に抑えているわけでもなく、私なりに楽しんだり怒ったりはしているのだけれども、結果それは他人には伝わらず気持ちを表現するのが私にはどうも・・・苦手のようなのだ。
「ってかよ、つんつでいいぞってのは俺が言うんだろうが!」
「別にいいじゃない。結局言うんだから、誰が言ったって」
「まぁ・・・そうだけど・・・って、ちげぇだろが!じゃぁ俺も桜庭さんを初華って呼ぶ!」
「はぁ?なんであんたが初華を初華って呼ぶのよ!」
「いいじゃねぇかよ!」
「よくないわよっ!」
目の前で夫婦漫才のようなやり取りを繰り広げる美緒とつんつを、頬杖を突きながら眺める。さっきまで名簿を見て知らない名前がどうとか言っていた気がするが、一体その話はどこへいったんだろう。それによく次から次へと会話が続くものだと心底関心する。もし私がここにつんつと二人なら、あっという間に会話のキャッチボールは終了していただろう。私にないものを沢山もっている美緒は、私のちょっとした憧れでもあるのだ。
永遠に続くのではと思われた美緒とつんつの夫婦漫才は、さっきまでつんつと騒いでいた男子達によって終焉を迎える。
「なぁ、見た?名簿に知らねぇ奴の名前あったよな」
「え?まじで?俺見なかった!」
背後から聞こえたその声に、つんつが「あーーーーーーっ!」と叫びながら立ち上がる。
「だから、俺それ知ってんだって!」
「そうだ、つんつあんたがどうでもいいことばかり言うから忘れてた!どういうことよ?」
美緒がつんつに言うと、クラスメイト達が集まってきた。その中心でただ黙って座っているだけの私は、どことなく居心地が悪い。
「転校生なんだってさ」
つんつの言葉に、クラスは一気に騒めきだす。確かに高校での転校生は珍しいのかもしれない。よっぽど遠くに越さない限りは通い続けることができる。
「椎名廉司って書いてあったぜ?」
「なんだー、男かよー」
「いや、希望を捨てるのはまだ早い!清美って男もいるくらいだ!」
「いや・・・流石に廉司って女はいないと思うぞ?」
「やばーい、イケメンだったらどうしよー」
「バスケ部入らねぇかな?」
まだ会ったこともない転校生に向けて、クラス中の期待が一気に寄せられていく。転校生とはなんと気の毒な存在だろうと、私は思っていた。学校に姿を見せる前から、こんなにも多くの期待が寄せられてしまうのだ。私なら学校に来たくなくなるかもしれない。そんな風に気の毒がられていることを知ってか知らずか、その日『椎名廉司』という転校生が学校に来ることはなかった。
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