35人が本棚に入れています
本棚に追加
新学期の慌ただしさが幾らか落ち着いて、クラスの人間関係もあらかた出来上がった頃になっても、結局椎名廉司が学校にくることはなかった。クラスメイト達も最初こそ不思議がっていたが、今ではその存在すら忘れようとしている。私の席の隣には空席がひとつ。今では椎名廉司を思わせる物は、その空いた席ひとつとなった。
美緒は椎名廉司の空席をフル活用していた。休み時間はもちろん昼食も当たり前のように椎名廉司の席に座った。私とは正反対の美緒のお陰で、私は自分ではなにひとつ努力することなくクラス中でいくつかあるグループのひとつにに納まっていた。女子ばかり5人のグループ。私の他には美緒、そして笹目日奈、遠藤美鈴、芳賀真由梨の5人だ。私自身、美緒以外の3人のことはほとんど知らない。しいて言えば日奈はおっとり系、ストレートのきのこのような髪型が幾らか幼く見せる。なぜか私をいっちぃと呼ぶ。一方真由梨は派手だ。本人は地毛だと言っているが少し染めているだろう。それでも目鼻立ちのはっきりとした真由梨の顔には栗色の髪が良く似合う。美鈴は1年の時から真由梨と仲が良かったと言う。いつも真由梨の言うことに従う印象が強い。長い髪もカバンにつけたおかしな象のマスコットも真由梨と同じだが、どうしてだろう・・・美鈴は必死に真由梨に合わせているように私には見えた。と、まぁ美緒以外の子については、殆どが外見の印象程度だが、それでも傍から見ればいつも一緒の仲良しグループに見えるのだろう。だた、女子が学校生活を送るにあたりこうしてどこかのグループに所属するのが最も重要だということを私は知っている。さして興味のない話も、興味があるようなふりをして聞かなければならないのだ。
「ねぇ、初華は彼氏いるの?」
「え?・・・・いないよ」
真由梨が長い栗色の髪を指先でいじりながら私に聞いた。高2の女子が集まって話す話と言えば、大抵こんなもんだ。いないと答えた私に、真由梨は「なんでー!」と聞き返してきた。
「えっと・・・なんでだろう・・・・」
いないものはいないのだ。そこに理由などない。無理に笑って曖昧に答える私に、日奈と美鈴も乗ってくる。
「ねぇ、初華は好きな人いないの?」
「今まで付き合ったことある?ファーストキスは?もうした?」
「じゃぁさ、いっちぃはこのクラスの男子なら誰が好み?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、頭を抱えたくなったその時だった。
「初華はね、理想が高いんだよ」
そう言ったのは、美緒だった。
「そうなの?」
と、私の顔を覗き込む日奈に私は苦笑いを返す。
「ねぇ、理想が高いってどんな感じ?イケメンが好きってこと?」
「そうじゃないよ・・・・ただ、なんていうか・・・・」
どういうわけか、美緒までもがその後の私の言葉を好奇心に満ちた目で待っている。
「出会うべくして出会うっていう感じ?」
ぼそっと言った私の言葉に、一番最初に反応したのは美鈴だった。
「あー、それ駄目なやつね。なんていうかさぁ、初華は王子様を待っちゃうタイプなんじゃない?」
会って数週間の友達になぜそんなことを言われなきゃならないのかわからない。待っちゃうタイプって・・・美鈴が言い出した謎のタイプ分けに一体他にはどんなタイプがあるのかと逆に興味をそそられる。
「別に、そんなんじゃないよ」
「じゃぁさ、クラスの男子の名前とか言える?初華、ちゃんと身近の男子を見てる?」
「そりゃぁ・・・名前くらいわかるよ・・・たぶん・・・・」
自信無さげに言ってしまった自分が情けない。
「ほらぁ、クラス同じになって付き合うとか多いんだよー?」
「それはそうかもしれないけど、なんかさ・・・それを探すためにクラスの男子と仲良くするのも変じゃん」
「ちがうってー」
力強く机を叩いたのは真由梨だ。
「まずは相手を知らなきゃ、始まるもんも始まらないでしょ?」
「そうだけど・・・・」
口を尖らす私に、いつものように助け船を出したのは美緒だった。
「まぁ、初華はさいいんだよ。初華のペースで。でもさ結構初華って、男子に人気あるんだよ?」
「そんなの・・・私は知らないし・・・・」
いつも通りにお弁当を食べていたはずなのに、どうして?いつの間に私が話題の提供者になってしまったのか、腑に落ちない。そんな私を救ってくれたのはもはや美緒ではなく、5限の予鈴だった。
別に、男の子に興味がないわけではない。ただ、彼氏が欲しいという目的のために無理に人を好きになるようなことはしたくなかっただけなのだ。正直、みんなの話を聞いていて羨ましく思うときもある。それでも恋はするものではなく、落ちるものだと私は思っている。私がいつか恋をする時は、まさに落ちたいのだ。なんてことは、クラスメイト達には言えない私の秘かなる願望だった。
最初のコメントを投稿しよう!