35人が本棚に入れています
本棚に追加
2 出会うべくして・・・
土曜日、学校が午前で終わり私は家の稼業である、花屋の手伝いをしていた。私の家は母が夢だったという花屋を私がまだ幼い頃に、父が脱サラをして開業したのだという。両親は言わば私の理想だった。いつも母を気遣い優しい父。そんな父に上手に甘えながらも、それでも父を大事にする母。時々喧嘩している場面も目撃はするものの、その喧嘩が長引くことはない。私は思う。父と母はきっと、出会うべくして出会ったのだと。いつか私にもそんな出会いが訪れることを、この両親を見ているとどうしても願ってしまう。
店先に並べた少し花が開いてしまったユリの花粉を取り終えた私に母が花束を手渡した。大輪のカサブランカのつぼみを5つつけた茎が6本。
「初華、悪いんだけどこれを届けてもらえないかしら。お代はもう頂いているから届けるだけで大丈夫だから」
「うん、いいよ」
「ありがとう。それじゃこれ、住所ね。歩いてもすぐの距離だと思うから。じゃぁお願いね」
入れ違いに店に来たお客の対応に、母はすぐに店の中に戻っていく。私はポケットからスマホを取り出し地図アプリで住所を確認した。歩いても20分。今日は天気もいいこともあり、私は歩いてカサブランカの花束を届けることに決めた。
大輪のカサブランカの花束。意識しなくてもその香りに包まれる。この花束を頼んだ人は一体どんな人なんだろう。男性か?女性か?年齢はどのくらいだろうか?そしてこの花束は何につかうのだろう?大切な人への贈り物かもしれない。いずれにしろ、このカサブランカの香は周囲の人を優しくいやしてくれるだろう。そんなことを考えていると、腕の中にあるカサブランカがこれから重要な使命を持って私に届けられるような気がしてわくわくした。
自宅から徒歩20分の距離だ。もしかしたら知っている家かもしれない。最初はそんな期待もあったが、スマホの地図を見ながら進むうちにそんな期待は消え失せる。近所であればどこも知り尽くしている・・・というわけではない。私が知っている場所などは所詮小学校、中学校での学区域の中に過ぎない。徒歩圏内の高校に通うになり少し範囲は広がったが、それでも元々好き好んで外へ出るタイプではない私には、近所と言えど知らない場所など山ほどある。今訪れているこの場所は、全く違う小学校や中学校の学区域だ。高校とも反対方向。つまり、どんなに近くても私には未知の場所である。
「この辺り・・・なんだけどな・・・・」
母から受け取ったメモとスマホの地図を確認する。メモには書かれた届け先は『椎名』とあった。
「・・・・・ここ?だよね・・・」
目の前には大きな門。いや、大きな門だけではとても片付けられない。まるで時代劇に出てきそうな武家屋敷さながらの門構えそのままである。ここまで壁伝いに歩いて来たけれど、その壁は壁というより石垣といった方がしっくりくる。そして石垣の上の部分には瓦が敷かれている。屋敷・・・。そう、これはもはや家ではない。屋敷である。こんな建物がこんなにも近くにあったことに驚いていた。門にかけられた表札は重厚な木の表札には椎名と書かれてある。その下にはこの門に1ミリも似合っていない最先端のインターフォンが取り付けられていた。そのアンバランスさには少し笑える。私はインターフォンを押した。
何度か押してみるも、誰か出てくる気配はなかった。試しに門を押したり引いたりするも、重厚なその門はぴくりともしない。
「すいませんっ!椎名さんっ!」
思い切って叫んでみたけど、道行く犬の散歩中のおじさんがちらりと私をみただけで、相変わらずこの門が開くことはなかった。諦めて帰ろうかとも思ったけど、今私が抱えているカサブランカは生きているのだ。ひと茎に5つづつついた花はその殆どが蕾だ。明日になればいくつかは咲いてしまうかもしれない。やはり届けるなら蕾のうちがいいだろう。にわか仕込みの花屋のプライドもあり、やっぱりどうしてもここで届けたいと思う気持ちが湧いてくる。
「この門・・・・なんなの?なんでインターフォンででてこないのよ・・・」
留守なのかもしれない。それにしても、今日花が届けられることは知っているはずだ。ちょっとした買い物に出ているだけかもしれない。まるで江戸時代のような門がある家だからって、中の住人は私と変わらず現代を生きる人だ。別に侍が住んでいるわけでもないだろう。そうだ、コンビニにでも行ったのかもしれない。私は門の隅に移動すると少しだけ待つことにした。
最初のコメントを投稿しよう!