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「限定発売、今日なの忘れてたー。ガッコ来てる場合じゃなかったわ」
「だからってソッコー帰っちゃうとか、フツーしないでしょ。しかもこんな雨なのにさー?」
「SHRも出ないとかナイわー」
ゲラゲラ下品な笑い声と共に、玄関へと近付いてくる生徒の足音。
傘置き場にいた傘たちの空気が、一斉に変わった。
先ほどよりもさらに暗く沈み、そして静まりかえる。
授業も受けず帰ってきた不良たちは、自分が持ち主ではない傘に平然と手を伸ばした。
「ンだよ、ひっかかって取れねーんだけど」
ぎゅうぎゅうに詰められている傘置き場は、お互いの足があっちこっちへと絡み合いの蹴り合いだ。
不良に無理矢理引っ張られる傘が、痛い痛い! と悲鳴をあげる。周りの傘も然りだ。
俺はその痛みも知っているし、悲鳴だって聞き慣れている。でも隣の彼女は、悲痛な叫びに顔を歪めて、今にも泣きそうだ。
あなたの持ち主は良い人だ──と伝えた直後、こんなにも逆パターンがやって来てしまうとは……。
「もうコレでいーや」
「あぁっ!! だ、だめっ!!」
不良にぐいっと悪びれもなく持ち上げられて、隣の彼女がなぜか悲鳴をあげる。
「いや。選ばれたの俺だから」
「だ、だっ……イヤです……!」
取り出しづらい傘に見切りをつけた時点で、まあ覚悟はしていた。
比較的取り出しやすい端のスペースに、2本のビニール傘がありました。
一方はビニール製とはいえ、ひと目でそれだと分かるブランドものの傘。
もう一方はどこにでも売ってる、ありきたりなビニ傘。
まあ選ぶなら、どう考えたって俺の方だろう。
「あぁ……あの、っっ……」
──そんな顔をして、そんな声を出しても。
人間には聞こえやしないし、何もできないんだ。
慣れた方がいいとは言わない、でも悲しむ必要はない。
「『あの子』が来るまで、まだしばらくあるから。他の傘とも喋って待ってるといいよ」
俺は彼女に、心の中で話した言葉は伝えずに、そんなことを最後に伝えた。
でもその言葉もまた、俺の願いだ。
君には、悲しむよりも笑っていてほしい。幸せでいてほしい。
君の持ち主である『あの子』にも、そうあってほしいから。
彼女の声にならない叫びは、すぐに雨の音でかき消されて聞こえなくなった。
勝手に新たな持ち主となった不良の上で、俺は花開く。
他の不良の手に落ちた傘たちも、ぽん、ぽんと暗く咲いて、学校を後にした。
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