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──あの時も、そうだった。
持ち続けている記憶が確かなら、あの子が中学生になったばかりの頃、俺はあの子の傘だった。
今と同じく何の変哲もないただのビニール傘だった俺に、あの子は自分の傘である印として、可愛いリボンを付けてくれたのだ。
あんなことをしてもらえたのはその時が初めてだったし、あの子は今までの人間と違って、俺を大事に扱ってくれた。
でも俺は結局、あの子の印を無視した悪ガキに盗まれてしまって、そして壊れてしまった。
嵐の中を連れ出されてボロボロにされ、あの子につけてもらった印もどこかに飛んでいってしまって……。
あの子を守ってボロボロになれたなら、悔いも何も残らなかっただろう。
あの時の喪失感、無力感、怒り……俺はその全てを、今も忘れてはいない。
何度も何度も軽々しく壊されては、リサイクルされてまた壊されるの繰り返し。
ひたすら死に続けるしかない傘を『俺』にしてくれた、生かしてくれた──たった一人の人間。
それがあの子だ。
まさか今日、再会するなんて思ってもみなかった。
またあの子に触れてもらえるなんて、嬉しくてたまらなくて……ほんの一瞬でも、本当に心から嬉しかった。
あの子の、今の傘も良い子だった。
そうそう壊れることもなさそうだし、ブランド傘という意味では狙われるかもしれないけれど、ビニール傘のように軽々しく盗まれることはないだろう。
正直、彼女を羨ましいとは思う。
でも、恨むことはない。
俺が恨むのは、俺とあの子を引き裂いた人間。
罪悪感も無く人のものに手を出し、軽々しく傘の命を無限に散らす──そんな悪い人間だけだ。
人間よ 傘だって恨みのひとつくらいは持つ。
今まで俺は、お前らの勝手な都合で何度も壊されて、勝手にまた壊されるために再生させられてきた。
仕返ししたって、バチが当たるワケないだろう?
所詮俺は、ただの傘なんだから。
「ねー、信号渡っちゃうー?」
雨だけでなく風も激しくなってきた中、歩行者用の信号は点滅して赤に変わろうとしていた。
「あー? 何?」
雨風の音で、尋ねられた声が届かなかったのだろう。
新たな俺の持ち主は、聞き返しながら尋ねた不良に一歩近付いた。
そうかそうか。
俺の持ち主は、この信号を渡りたいんだな。
すでに赤色に切り替わったけど、先を急いでいるみたいだからな。
新たな持ち主の意志を読み取ったということにして、俺は自分の身体を吹いてきた突風に預けた。
「ぅわっっ!?」
俺は今度こそ持ち主の手を離すまいと、俺を手放しかけた持ち主の手首へ、持ち手のカーブを引っ掛ける。
長いこと傘として生きた経験を、今こそと活かした。
風の力で、不良は傘ごと道路へ引っ張りだされる。
そこに丁度良く、大型トラックが────
バキッ
────今のは、俺の音じゃ……ない。
今度こそ、俺は…………
俺は…………
……
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