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絶えた日の空を仰げなかった代わりに。
七日前、初めて警察からの電話を受けた。
年配と思しき男性警官はある男の名前を告げ、こちらが友人ですと答えると早速とばかりに本題とやらを口にした。
『ご友人が遺体となって発見されました。
事件か事故かは捜査中ですが、所持品の携帯電話を調べたところこちらの番号を確認した為おかけしました。
つきましてはご友人を引き取って頂きたく…――』
警官は俺と友人が直近で連絡をとっていないことの確認をとった上で、他に引き取り手が判明しなかったことを説明し、こちらの返答を待っていた。
あまりに突然の訃報ながら、どことなく冷静な自分が情報を整理していた。
伺います。と答えた声は、まるで仕事中と変わらない不自然な程の落ち着きを纏っていた。
聞かされた友人の最期はあまりにも荒んだもので呆気なかった。
三日後警察署へ出向き、本人確認や書類手続きに数時間かかり、電話と同じ警官に葬儀屋と火葬場を紹介された。
費用と言う面倒な部分も困らない程度だったが負担させられた。
引き取り手が見付かって良かった。そう安堵していた警官は、友人と俺を自宅まで送ってくれた。
帰宅すると貰った名刺二枚のうち、葬儀屋の名刺を財布から取り出して電話をかけた。
事前に話をしてあると警官が言っていた通り、葬儀屋との話は円滑に進んだ。
役所への届けなんかも丁寧に教えてもらい、二日後に葬儀を行う手配をした。
肉親ではないただの友人は、葬儀までの間同じ屋根の下で眠らせておくしかない。
出来れば早めに荼毘に付してやりたいが生憎と仕事は簡単に休めない。
家族の葬儀と言えば配慮も容易いが、引き取った友人と前置きすればややこしい部分を説明しなければならない。
警察は融通が利かない。
引き取ることが出来ると返答すれば、その時点で遺体を追い出す手筈を付ける。
こちらの都合などまるでお構いなしだ。
こちらが受け入れるまで友人は弔いのとの字も窺えない安置所に押し込まれていた。
そう思えば、三日間眠る場所はまだ広いのかもしれない。
(……)
閉じた携帯をズボンのポケットへと滑らせ、居間にいる友人へと歩み寄った。
青白い顔、詰め物をされた友人は、最後に見た顔よりも少し痩せていた。
「…久しぶりに会えたのに、死んでんじゃねぇよ…」
今にも目を開けて驚かせたりしたら一発殴るくらいで許してやる。
硬直も解けた肌に触れてみたが、友人の皮膚は反応しない。
かわいそうに、本当に死んでいるらしい。
「お前の私物、捜査の役に立たねえからって俺に押し付けられたぞ」
鞄から唯一残った友人が使っていたらしい携帯を取り出す。
本当は二台所有していたそうだが、一台は捜査の為と押収され残ったこれは有効な遺留品ではないと見なされた為遺体と一緒に渡された。
フリップを開き鹿のキャラクターが画面の中を歩き回る様子を無意味に眺めた。
一年に一度、連絡があった。
何をしているのかと尋ねても、彼は『適当に働いている』と具体性の無い答えばかりを返した。
お前は元気かと訊かれ、変わりないと答えるともう少し詳しく話せよと笑われた。
自宅から三キロ。
もう人もいない、テナントも募集されない廃ビルの屋上出入口付近、まるで力尽きたように横たわる死体。
来月取り壊す予定を立てていた管理人が見回りで立ち寄ったところ見つかった。
それが十代の頃から付き合いのあった友人だった。
「お前…何してたんだよ…」
秘められた答えは生きていても死んでしまっても返ってこない。
焼かれて灰と骨になればお前は全てに片が付く。
無責任で迷惑なだけの死に様だなんて、恥の何物でもないと出来ることなら生きている間に知ってほしかった。
どうすることも出来ないくらい苦しかったのなら、せめて長く話していたいと電話越しで引き止めてほしかった。
何の為の友人なんだ。
それとも友人と言う位置付けへの価値観に、そもそも大きな違いがあったのだろうか。
現状を明かすことや、助けを求めることは死ぬことよりも恐ろしい行動だったのだろうか。
布団の中の手を取り出して握ってみる。
生を失った体温の儚さにただ溜息が漏れる。
『お前今どこにいるんだよ』
『どこって東京にずっと住んでるよ。変わってないんだ、どっかで会えちゃうかもな』
「…何でお前、携帯に俺の番号しか残してないんだよ…」
強く握っても握っても、彼の手に体温は戻らない。
かわいそうに、他の誰に死を告げたらいい。
役に立たない携帯を閉じ、深く項垂れる。
カチコチと進みいく時の足音。
友人一人だけが、永遠に置き去りにされている。
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