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 言いたいこと、全部言った。  そしたら、あれ? 俺おかしいこと言ってる、って思った。 「ごめん先生、俺、私情はさんでるね」  私情で二人に口を出すなんて、前の会社にいた人たちと同じ。  でも好き勝手言って困らせてるのに、先生はおだやかな目をして首を横に振った。 「ううん、贅沢なのは間違いないよ。それでも、僕は幸せになってはいけないから」 「え、なんで?」  こんな優しい顔した先生が幸せになっちゃいけないなんて、意味がわからない。 「僕は世界で一番大切な息子に『母親がいない』っていう悲しい思いをさせてるんだ。母親になりたくない人とのあいだに子どもができて、母親にならなくていいから子どもを産んでくれって、自分本位にお願いして」  先生は自分をすごく責めてる。  そのこと、先生に責任があるのはわかるけど、幸せになっちゃいけないことはない気がするよ。 「僕のも私情だね。僕が幸せにならないことで、栄進に対してなんのつぐないにもならないんだけど、僕の気は済むから」  つぐなえないけど先生の気は済んで、それで一件落着してる?  いや、ちさっちはそのせいで、すごい悲しいことになってる。 「でもさ、先生が幸せにならないと、ちさっちが不幸になるよ。ちさっちの幸せってなんだと思う?」  聞いたら、先生はそんなに考えずに答えた。 「僕より素敵な人と、温かい家庭を持つことだって、思うけど」  いいね、温かい家庭。  でも、あの顔に温かい家庭って、俺はちょっと想像できないけどね。 「あのね、ちさっちの幸せは先生とえっちすることだよ!」 「えぇ……、そういう話じゃないよね?」  先生が考えたものとは対照的な幸せ像に、先生は困った顔をした。 「先生は彼女がいたとき、週に何回えっちなことしてたの?」  困りながらも、先生は素直に答える。 「一回か二回かな」  え、見かけによらず俺より多い……。  ちょっと、くやしいんだけど。 「俺は彼氏と週に一回するかしないか、ペロペロするレベルのやつなら高校からやってたけどさ、ちさっち、下手したら今までなんにもしたことないよ」 「聞いたの?」  先生はちょっと不安そうにたずねる。 「ちゃんと聞いたワケじゃないけどさ、こないだ俺を助けてホテルまで行った手口、あれ先生にやってやろうってシミュレーションしてたことだから。それは聞いた。先生ラブホは行ったことある?」 「あるけど」 「ちさっち自分で連れ込んでおいて、ラブホ来たことないからシステム教えろって、俺にクソ真面目に聞いてきたんだよ」  先生はその姿を想像したのか、口もとを手でおさえてふき出した。 「それは、なんかかわいいね」  うん、かわいかったよ。  面白いのほうが勝ってたけど。 「先生のせいでちさっちが一生童貞って、あり得ると思わない?」  先生は口もとをおさえたまま、目を細めてうつむいた。  俺的にはちさっちがここで働いてる限り、主人(あるじ)に忠誠を誓う騎士みたいにずっと社長に寄り添ってる気がする。  騎士は主人に恋心ないか、でもそんなイメージで、ほかの人に行くことはないと思う。  ちさっち、フラれたけど今の状態から失敗したくないって言ってたから。  このままがいいって。  でも、『失敗しない』より『成功する』ほうが、何倍もいいに決まってる。  先生は顔を上げると、少し自信なさげな笑みを見せた。 「僕が一生息子に対して意味のないつぐないをするよりも、千坂くんを幸せにするほうが、重要だよね。僕にそれ、できる気がするんだけど、思い上がりかな?」  やっと先生が納得してくれた! 「そんなことない! 先生と一緒ならちさっち、一生幸せだよ。聞いてみなよ」  ちさっちが幸せになれるかもって思うと、すごい、嬉しい。  先生も嬉しそうに笑って、 「今度聞いてみるよ」  って言ってくれた。  ……よかった。  これで俺も、やきもきしないでここで働けるから。  早くちさっち帰ってこないかなってワクワクしながら、ちさっちにもらった仕事の準備を始める。  そうそう、大事なこと、念を押しておかないと。 「あとさ、ラブホに連れて行ってあげて」  ここきっと大切。  ちさっち妄想してたし、先生えっちなこと嫌いじゃなさそうだし。  先生はちょっと考えてから、 「……今度の週末にね」  って言った。  はぐらかさないで具体的に言ったから、ホントに連れてってくれるんだなって、安心した。
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