第一部 生物実験室の彼女

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 汀野大学附属は中高一貫校だが、高校で外部生を多く迎えるため、中学は各学年に九十人程度だ。女子ならその半分。学年が違っても、下駄箱やトイレ、ロッカー室などですれ違うので、目立つ子は自然と顔や名前を覚えられる。噂話の対象にもなる。  ――移動教室の忘れ物でも取りに来たのかな。  その予想を裏切って、彼女は机の下などには注意を向けず、壁際の机に学校指定のかばんを置いて、生物実験室の外周をふらふら、ゆっくり過ぎるくらいゆっくりと周遊していた。  ――デカいのが挙動不審だと、ますます目立つ。  寛子は思ったが、しばらくこっそりと様子を伺い、彼女がめだかの水槽の前で立ち止まった時、ようやく声をかけた。 「あのさ。何か探し物?」 「あ。……いいえ」 「先生に質問とか? 今日は職員会議だから、多分戻り遅いよ」 「……そうですか……あの、でも」  体格の良さからは想像できないくらい、彼女はぼそぼそとした、聞き取りづらい声で返事する。  ――知らない先輩から喋りかけられたからって、そんなにびくびくしなくても。  物おじしない気性の寛子はかすかな苛立ちを覚えつつ、彼女とコミュニケーションを取ることを諦めかけた。その時だ。 「私がここにいたらいけない理由、何かありますか」
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